動かせたり、用もないのに手の甲で口をおさへる、とか、あの人の旦那さんは、うち[#「うち」に傍点]に向つて自分のことをあんな風に冷笑したさうだが、あの人の頭は、テツペンが槌で叩いたやうに平らで、加けに後頭は金槌のやうに突き出てゐる、あんな格好の頭から正当な批評が出る筈はない、それにしてもあの人は帽子を買ふときには随分苦労することだらうな! とか、またあの人は、とても酷いワキガで、いつか自分が初めて対談した時に、あまりのことに如何しても我慢しきれず思はず横を向いて、それとなく袖の下に鼻を覆つたところが、自分のそれをあの人は承知してゐて且つ恥ぢてゐると見えて、直ぐに此方の動作を悟つて、それ以来何となくよそ/\しくなつたかと思つたら、成る程ね、蔭ではそんなに自分の悪口を云つてゐるのかな、へえ……などゝいふ風に、途方もない人身評に想ひをはせてゐると、いつの間にか、身を粉にしても反向つてやりたかつた程の敵意が、奇妙に何処かへ飛んで行つてしまふのであつた。
現に彼女は、彼の母と同居してゐた頃、母から意地悪るをされて大変口惜しがつて、それがもとで蔭で彼と争ひをした時などは、終ひに、
「何アんだ、ワキ
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