「自分こそ!」
「ヒデヲは今に綽名をつけられるかしら。」
「不良少年だけよ、そんなことは――」
 周子は、厭な顔をして横を向いた。
 静かな晩だつた。私の一人の子である三才のHが、独りで切りに噪ぎ廻つてゐるより他には、あたりには何の音もなかつた。食膳の上に小道具を並べておくと、Hが乱暴で直ぐに破壊してしまふので、Hに手のとゞかない高さの安物の丸テーブルを備へて、私はそこで酒を飲んだり食事をしたりしてゐた。尤も、もう一つ理由があつた。一ト月程前に借りた家なのだが、畳が大分汚くて、坐るのが厭だつた。私は、吝嗇で畳換へをしようともせず、だが、さうとは云はず友達等が来ても体裁をつくつて、
「椅子テーブルの方が、具合が好い、だんだんに生活を洋風にしようと思つてゐるんだ。」などゝ云つてゐた。その癖私は人一倍行儀が悪くて終日寝間着を着通して、いつも椅子の上に胡坐をかいてゐた。
「寒くなつて来たから、障子を貼り換へなければなりませんね。」
「コーヤクを貼つて済しておけよ。」
「コーヤクぢや塞ぎきれないでせう。」
 Hは、私達の周囲を自動車の真似をしながらグルグルと飛び廻つてゐた。
「三つにもなると、こんなに好く暴れたり、こんなに好く喋つたりするものかな。」
 私は、彼の様子を沁々と眺めながらそんなことを呟いた。
「お酒に酔つても、これからはヒデヲの前では気をつけて下さいね、悪るふざけをしたりすると直ぐに真似をしますよ。」
「真似をされては、やり切れないな。」
 私は、横を向いて苦笑を洩した。微かな圧迫を感じたのである。
 自動車の遊びに倦きたHは、角力の四股を踏んだり、懸声だけ勇ましい出たら目の徒手体操を演じたりしてゐた。
「あれも、あなたの真似よ。」と云つて周子もぼんやりHの運動を眺めてゐた。「ゆうべだ/\、あなたが大変酔つて帰つて来て、あんなことをやつたのは……」
「あゝいふ真似なら、立派なものぢやないか。」
 私は、内心酷くてれ臭さかつたが、顔つきは自信あり気に、太い作り声で厳しさうにうなつた。
「痩ツぽちの人に限つて、変な処で意張るわね。だけど、他家《よそ》へ行つていくら酔つたつてあんなことをするのはお止めなさい。愛嬌にもなりはしないわよ。」
「…………」
 俺に取つては、自分の為にやるんだ、真面目なんだ――といふやうなことを私は云はうかと想つたが、あまり馬鹿気てゐるんで
前へ 次へ
全8ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング