程の最低價のしろ物だし、何ひとつ惜しいとおもふものもなかつた。
わたしは、やをら立ちあがると、オツに齒切れの好いやうな調子で、頤をしやくつて、
「おい、君、借りとくぜ。」
と二錢の渡し賃のことをいつた。すると船頭は、通り矢ノ岬の方を眺めて、艪を繰つてゐるまゝ
「好いとも――好いともヨウ!」
と叫んだ。わたしは近頃飮んだあとなどに、折々あゝいふ科白を吐くことには慣れてゐるが、斯んなに悠々たる許容の應へを得たのは珍しいと感心して、船頭と同じ方角の奇岩から、春の海原のうつらうつらと霞んでゐる遠方などを見渡した。
底本:「鬼涙村」復刻版、沖積舎
1990(平成2)年11月5日発行
底本の親本:「鬼涙村」芝書店
1936(昭和11)年2月25日発行
※「?」や「!」のあとは普通全角1字分開けてありますが、底本では空白マスがありません。本ファイルでも底本通りにしました。
※底本では、題名では「城ヶ島」となっていますが、本文中では「城ケ島」となっています。ファイルでは「城ヶ島」に統一しました。
入力:地田尚
校正:小林繁雄
2002年11月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全5ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング