もなく御勉強か?」
「無論勉強だよ。俺は君達のやうな不良少年ぢやないからね。」と純吉は云つた。
「ハッハッハ。不良でも何でもいゝから、ひとつ素晴しい恋がしたいものだ、ねエ野島さん。」
「うん、さうだア!」野島は拳を固めて、わざとらしく胸板をドンとたゝいた。
「おい俺が一つ芝居の科白をやつて見るよ、よく聞け。」木村はやをら立ちあがつて優し気なしな[#「しな」に傍点]をつくつた。屹度何か淫猥な事を演《や》るに違ひない、と純吉は想像して皆なと一処に眼を挙げた。
「黄金の羽虫、蜜飲の虫、どこからお前は来た? そんなに私の傍へ寄つてはいけない、お前は何を探してゐる? 私を花だと思つてゐるの、私の唇を蕾だと思つて。いけない。彼方へ飛んでおいで、森の中へ、小川の岸へ、菫、蒲公英、桜草、そこには何でも咲いてゐるよ、その中へもぐり込んで酔倒れるまで飲んでおいで。」女の声色《こはいろ》のつもりなのを、木村は朗々たる男声で歌ふが如く口吟んだ。「飲んでおいで、飲んでおいで、酔ひ倒れるまで……。あゝ堪らなく好いなア!」彼はさう嘆声を挙げると感極まつた如く麗かに四肢を延して天を仰ぎ、忽ち翻つてピヨンと鮮かなトンボ返りを打つた。そして砂に顔を伏せた。
「木村、俺にもそれを教へて呉れ、貴様は素晴しく艶かしいことを知つてるな。」野島は木村の背中にかじりついた。「島田はあれを知つてるだらう、文科だから。」
 純吉は、何の思ひあたるところもなかつたが、たゞ薄笑つてゐた。そんなことを暗誦してゐる木村を内心大いに感心した。
「飲んでおいで、飲んでおいで、ツと――おい皆なで合唱しよう。」と野島は太い声で音頭をとつた。その時誰かゞ、
「来たぞ/\。」と囁いた。
「うむ来た/\、木村々々。」と野島は彼の背中を叩いて、そして純吉に向つて「キレイになつたと云つたのはあのことだよ。」と教へた。
 掛茶屋へ二人の派手な娘が、経木の帽子を圧へて駈け込んだ。娘達は直ぐに、脱衣場へ入つた。それを見極めると同時に突然野島は「ワン、ツー、スリーツ。」と号令した。すると円陣の者共は一斉に眼を瞑つて、砂に顔をおしつけた。
「おい、何だい、何の真似だい。」純吉はのけ者にされた不満を覚えて、それにしても怪しな思ひで野島に訊ねた。
「ともかくお前も早く斯うやれ。」野島はさうすゝめるので純吉も同じく砂に伏して、返答を待つた。野島は、こゝで口を
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