んやり海辺へやつて来た。海の連中は相変らず出揃つてゐて、もう二三回泳いで来た後らしく皆なまぐろ[#「まぐろ」に傍点]のやうに砂に埋れて、野蛮な雑談に花を咲かせてゐるところだつた。
「おい/\、死んだと思つた純公が再び現れたぜ、不景気な面をして――」野島といふ柔道二段の法科大学生は、純吉を見あげて朗かに笑つた。
「あいつまた恋愛でも始めやがつたのぢやないかしら。」さういつて野島と一処に徒らに笑つたのは木村だつた。木村は、今年もう一年遊んで来年から慶應の野球部へ入つて「ブリリアンド・ピッチャア」になるんだと力んでゐるスパルタ型の美男だつた。
やつぱり海へ来て好かつた――と純吉は思つた。
「何しろ純公は文科大学生なんだからなア。」野島はさういつて純吉をからかつたが、一寸真顔になつて、
「文科ツて奴は女にもてるさうだのう?」と木村に訊ねた。
「うむ、非常にもてるツてよ。お前も柔道なんて止しにして、ひとつ文学に志したらどんなもんだい。」木村はまぢ/\と野島の顔を打ち眺めて、煽動した。
「俺は文科の学生が一番嫌ひだよ。」純吉はさういひながら、彼等と同じ黒い褌をしめてその円陣に加はつた。「俺あんな学校に入つて沁々後悔してゐるよ、いや学校は知らないが、その文科の学生といふ奴が実にやりきれないんだ。」といつて純吉は一つ息を入れた。
「先づ第一だね、教室へ入るとプンとスエ臭い香ひがするんだ。」
「神経質か、よせよせ、お前が一寸怪しいぞ。」
「いや待つて呉れ――」純吉は慌てゝ手を振つた。だが一寸言葉が続かなかつた、そんな説明も面倒になつて、少くとも夏になつてあの空気から離れてホツとしたことをひとりで味はつた。さうかといつてこの海の連中が好きといふわけでもなかつたが、気易さだけが有難いと思つた。だが、文科の奴等は嫌ひだとか何とかいつてゐるものゝ彼等に勝つた何の心の取得が自分にあるのか、またこの海の連中に比べて何れ程自分は思慮深いか、両方の愚劣な個所だけを兼備へた、そしてその他にはたゞ彼等を上ツ面だけで軽蔑するといふ不遜な心しか持ち合せないのが自分なのか――純吉はそんな妄想に走らうとした鈍い神経を、慌てゝ吹き飛した。
「ところで島田はこの四五日どうして出掛けて来なかつたんだ。をとゝひあたりからとてもキレイ[#「キレイ」に傍点]になつたぜ。なア木村!」
「とても、とても! それとも島田は柄に
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