者は壁に、ある者は卓子に、また或者は床に、耳をおしつけて息を殺した不思議なガール・シヤイ達である彼等は、内でばかりこのやうに悶々とするばかりで、見定めに出かける勇気のある者さへなかつた。――娘と出遇ふと誰も慌てゝ横を向いたまゝ物をも言はずに行き過ぎてしまふので私は、はじめ彼等は何か原始的の掟に従順で、異人族と言葉をかはすのを潔しとしないのだらう――と思つた程であつたのだ。私はそれとはおよそ反対の情火がそれ程まではげしく彼等の胸のうちに炎えてゐたかといふことは、さつき池のほとりで白ハチスの花束を持つて来た若者に会ふまで気づきもしなかつたのである。
馬が店先にとまつたらしい。口笛の合図はこの馬車の手綱になれてゐる妻である――切りに口笛が鳴るのに一同の者は、身うごきもせずに突ツ伏してゐるばかりなので私が、扉をあけて見ると、馭者台にならんでゐるチル子と妻であつた。
「案外早かつたぢやないか――」
「だつておなかゞ空いてしまつたんですもの――うつかりしてゐたらあなたはお弁当の袋を背中につけたまゝ、来てしまふんですもの……」
「やあ……それは失敗つた。」
なる程私は、未だにリユツク・サツクを背中につけてゐる。
「降して――」
「手をとつて――フラフラだわ。」
憐れな二人の婦人は、わざと仰山にそんなことをいふので私は慌てゝ馭者台の傍らにすゝみ寄り、先づチル子を抱き降さうとすると、彼女は軽く首を振つて、途中で靴を落してしまつた――。
「あまりの空腹で馬車をとめて拾ふのも苦しかつたから、そのまゝ来てしまつたのよ。橋の一二町先の大きなキヤベツ畑の近くの辺だから……」
直ぐ拾つて来てくれ――といふ意味らしかつた。で、私はともかく背中の袋を妻に渡し、何だか厭に蒸し暑くなつたので上着を脱いで、一走りで靴を拾つて来ようと思ひ、そのわけを、ちよつと扉のうちに向つていひ残さうとした刹那であつた! 薄暗い酒場の彼方此方に凝つと蹲つてゐた連中が突然バネにはぢかれたやうに飛びあがつたかと見ると、凄じい物音をたてゝ一勢に、或者は窓から、或者は扉を蹴つて、猛烈な勢ひで街道を駆け出して行つた。
私は、思はず呆然として彼等の後姿を眺めたゞけであつた。――靴を落して来た云々のいきさつを彼等は聞き込んで、得たりとこの挙に出でたのである。
一団の競争者は見る間に橋を渡り、野菜畑の辺に到着すると、戦線の散兵
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