中につけて、口笛を吹きながら先へ立つた。
猫柳の枝がスイ/\と伸びてゐる池の汀に坐をこしらへて彼女等はならんで釣糸を垂れた。――私は、その傍らに焚き火をしながら二三日で東京に帰らなければなるまい――などゝ思つてゐた。
丘の向ひ側を走る汽車の汽笛の音が時折かすかにひゞいた。――午までにチル子が五尾、妻が七尾の小鮒を釣りあげた。私達は、これらを生したまゝ持ち帰つて泉水に放すつもりだつた。
「おーい、おーい。」
池の向ひ側の堤で、三輪馬車をとめて手をあげてゐる人があるので、注意して見ると、馬蹄鍛冶屋の若者のRであつた。私は、少々退屈をしてゐたところだつたので向ふ側に駈けて行き、
「何うしたの――おれ達を迎へに来て呉たのなら何故こんな処に車を止めてゐるのさ?」と訊ねた。
「それは……その……」
Rは、吃音でつぶやいた。そして、シートの中から赤いリボンで結んだ白ハチスの花束をとり出して、
「チルさんにこれを上げてくれませんか……万一日本語でない言葉で話しかけられたら堪まらない――と懸念して、こんな所に車を止めたんだが……あゝ、それよりも私は勝つた。未だ花束をとゞけた者は一人もないだらう。」
村の若者の間では昨日からチルさんの評判で持ち切りである――と彼はいつた。
「帰りがけに、ロータスに寄るでせう?」
更に彼は、いやに丁寧な言葉使ひで問ひかけた。
「あゝ、おれだけは無論寄るね。」
「それをきいたんぢやありませんよ。」
「あゝ、さうか――」
私は点頭き、
「おーい。」
と向ひ側の婦人に言葉を送つた――「みんなが今日は仕事を早く切りあげてロータスに集まるさうだが、君達はそのまゝ帰りがけに寄つてくれるかね?」
婦人達は顔を見合せてゐたが、やがて、はつきりとうなづいたので私はRに、
「O・Kだつてさ」と通じた。
「では、この馬車をこのまゝ此所に残して置くからと……」
Rは、私だつて日本語だけで話してゐるにも関はらず、いちいち言葉の伝達を私に乞ふのであつた。余程深刻なガール・シヤイにかゝつてゐるらしい。
河原を出はづれると眼近かの鎮守の森の傍らにあるロータスで私は二人をまつことにして、Rと伴れ立つた。
ところが河原から社の森ちかくまで歩くおよそ一哩ばかりの道程の間で私は次々に花束を手にした幾人もの若者に取り巻かれて、まるで私自身が歓迎攻めに遭つてゐるかのやうな不
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