つた。
私は、からからと笑つて、
「馬小屋からドリアンを曳いておいで――僕が、早速音無村へ駆けつけて、三樽の酒を仕入れて来よう。」
と胸を張り出して、メイ子に向つて裏手の方を指差した。
「僕が出向けば大丈夫だよ、一刻の後にはサイパンの酒場は置きどころもない酒樽の山で埋めるよ。皆な、その辺の腰掛を片づけて、輪をひろげてカロルをつゞけてゐたまへ――今夜の月見は酒樽に腰掛けて……」
「僕の言葉に不安を覚ゆるのは、カレドニアの海賊の出陣にあたつて敗北を夢見るよりも愚かな心配さ。」
然しメイ子は、既にもう鬼のデスマスクをかむつて瞑目してしまつた父親の胸に顔を伏せて、たゞ激しく首を振つてゐるばかりであつた。
「破産だ――もう、死んでも好い……」
サイパンは微かに唸つた。
これほど云ふのに、何うも私には得体が知れない――で私は、一層たのもし気に胸を張つて、
「ねえ、諸君!」
と、一同の顔をかへりみた。一同の声援をかりて、この父と娘の不思議な悲劇の一場面に笑ひの花を咲かせてやらなければならぬと考へて、私は更に磊落な音声で、
「酒樽が二つや三つ空になつたと云つて、そんなに俺達の前で愁嘆するな
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