ほも切りに笛を吹きながら後ろの空を見あげたが、空はたゞ一面に涯しもなく青白く明るみ渡つてゐるだけで月のありかを指差すことは出来なかつた。さかさまに懸つて空を踏んで行く――私は、空を行く悦びも地を踏む悲しみも知らぬ月の光りの如き涯しもない永遠の夢心地で、おもむろに歩みを速めて行つた。朦々と明るみ渡つた煙りの縞瑪瑙に畳まれた長廊下を――。
 たつた今私は、務め先の魚見櫓の台上から、望遠鏡を伸して村里の様子を眺めて見ると、橋のたもとにある一軒家の私達の居酒屋《サイパン》の前に旺んな焚火の火の手があがつて、その傍らを、拳を振りあげたり、躍りあがつたりしながら、何れが誰やらさだかには識別出来なかつたが、狐に化された連中のやうに烏頂天となつた影法師が次々と酒場の中へ繰り込んで行く模様をみとめたので、こいつは、てつきり、俺達が首を伸して待ち焦れてゐたところの音無村から酒樽の荷が到着したに相違ない……。
「ブラボウ/\!」
 と私は思はず拳を振つて歓呼の叫びを挙げながら、高さ凡そ十余丈もあらうといふ長梯子を、実《げ》にもものの見事に滑るが如くに駆け降りたのである。
 いち日に何辺ともなく昇り降りする魚
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