んて、それぢや反つて俺達の顔を潰すようなものぢやないか、はつはつは……うつふ、何といふ面白くもないナンセンス・ドラマであることよ。うつふ、うつふ……。
[#ここから2字下げ]
羨君有酒能便酔《うらやむきみがさけありてよくすなはちゑふことを》
羨君無銭能不憂《うらやむきみがせんなくしてよくうれへざることを》
………………
[#ここで字下げ終わり]
 ドリアンを曳け、ドリアンを……」
 と、大いに叱咤の腕を挙げるのであつたが、一同も亦黙々として一言の声を発する者もないのである。――見ると、彼等は五百羅漢のやうにたゝずむだまゝいつまでも洞ろに光つた眼《まなこ》をあちこちの空に挙げてゐるのみであつた。
 間もなく私は、サイパンが私達を常連とする限り近郷近在のあらゆる酒問屋は、一切の御用を御免蒙ると由し合せて[#「由し合せて」はママ]ゐるといふ話を説明された。――この上私に、そんな歌をうたはれては、胸に涙さへ込みあげて来ると一同の者も思はずそろつて否々と首を振り、興醒めの風穴に吸ひ込まれて行つた。その私の詩《うた》を耳にすると、身の毛もよだつと云ふのであつた。この上、銭《せん》なくして能く不憂、能く便ち酔はれては、俺達も早々に住み慣れたる故郷《ふるさと》を逐電しなければならなくなるであらうと私は、泣かされた。
「黙れ、馬鹿野郎《バアバアル》!」
 と私は、大いに感興を殺れた腹立ちまぎれに、思はず傍らの漁夫の七郎丸の頭をぽかりと擲つた。
「…………」
 七郎丸の眼から球のやうな涙がポロリと滾れ落ちた。といふのは私の拳が痛かつたのではなくて、私の「永遠の夢」と現実との喰違ひが、憐れで、且また同情の念に堪へぬと云ふのであつた。
「先生!」
 と彼は、真に譴責を享けつゝある兵士の態度で云つた。「この悲しみを先生に見せまいと思つて私達は今日まで、あらゆる方法を講じてサイパンの樽を持ち続けて来たのであるが……」
 するとあちこちから溜息と咽び泣きの声が起つて、酒場は忽ち落莫たる秋の野原と化してしまつた。
「七郎丸、そんなことを先生に云つてはいけない……」
 メイ子は飛びあがつて七郎丸の口腔《くち》を両手で閉した。
「静かにしろ、バアバアル――それなら、それで俺にだつて思案があるぞ。」
 つい私も泣きたくなりさうになつたので、震へ声で叫んだ。私の発声と共に、一同は、思ひをとり直した如く立ち
前へ 次へ
全14ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング