――」
と、非常に大きな声を張り挙げて、
「たつた今、ものゝ見事に持ち出して見るから見物するが好からうよ。」
と叫ぶがいなや、腰にさした横笛を引き抜いて、
「Tattoo Tattoo Tattoo !」
と最高音に吹き鳴した。
呼応の声が塀外から、どつと巻き起つたと同時に、頭上の梢に滑車の軋みがきりきりきりきりとものゝ見事に Fiddle の伴奏のやうに響わたると、さながら大仏の頭のやうな酒樽が空中高く舞ひあがつた。
樽は宙で一息衝くと、塀外から三叉の鉤をつけた長竿が現れ、おもむろに力をゆるめる綱といつしよに、見る間に、向方の月あかりの奈落に影を没した。それと一処に再び梢の上から二番目の綱が投げられると、時も移さず Tattoo の合図で二つ目の樽が宙に浮ぶ――それ曳け、曳け曳け!
巨大な蜂の巣と見紛ふ梢に懸つた樽の有様を見上げて、私はしばし、この世にも奇怪な光景から魔呵なる恍惚の浴霊に浸ると、月を信仰する北方の蛮族の夢に駆られて、思はず、
「有りがたい/\!」
と念じながら、その下にひれ伏した。
酒樽が金色の暈にきらめきながら、怖ろしい白光を放つた。そして、
「クララ、クララ、クララツクス、クララツクス!」
といふ音響を発した。
「おゝ、あれはローマの Caligula 皇帝が、アポロの殿堂からツオイスの神像を持出さうとして、その手を像に触れた瞬間、神像が発した笑ひ声である。――はからずも音無の森でツオイス像の高笑の御声を聞かうとは何たる妙佳なことであらうよ。」
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(註。ツオイス像の姿に接して、その高笑ひの響きを聞きたる者は、幸福に恵まるゝといふ伝説あり、また一説にはツオイス像は芸術品の極致を象るものにして、何人と雖もこれを一瞥するならば胸に永遠に絶へざる歓喜の泉を蔵するに至るとあり。)
[#ここで字下げ終わり]
「クララ、クララツクス、クララ……」
不思議な高笑ひの声が、高く低く梢から梢へ韻々とこだまして、月の暈を目がけて飛んで行つた。
「先生、何を斯んなところで有りがた涙を滾してゐるんです?」
七郎丸が私を促すのであつた。
「だつて、君には、あのツオイスの声が聞えぬのか……おゝ、次第に遠ざかるよ。」
「あれは音無家の者共が、吾々の策略に舌を巻いて逃げて行く悲鳴の声でありますよ。」
さう云はれ
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