たされたかと思ふと、やがて門番が顔だけを現して、
「御苦労様でした。お金はあれで充分だつた、サイパンの家賃、七郎丸の舟貸料、ペンドラムの蜜柑畑の租税の立替、それらのものゝ返済金として充分だつた。更に同額の金袋を持参したならば酒を売らう。」
「それ[#「それ」に傍点]とこれ[#「これ」に傍点]とはわけが違ふぞ、はなしは始めから……」
 一同は狼狽して窓口に飛びかゝつたが、忽ちぴたりと閉ぢてしまつて、空に一羽の鳶が大輪を描いて舞つてゐるだけであつた。――私の言葉に従つたばかりで、何も彼も水泡に帰してしまつたわけである。
「攻め入ろう。」
 私は狂気の叫びを挙げて、空の酒壜を卓子で打ち砕いた。
「手だては斯うだ。」
 私は次々の仲間に何事かを囁いた。
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フアラモンよ フアラモンよ
吾等は剣を執り 斧を揮つて戦はう
額から流れる汗が腕をつたふて滝となるまで
黄色い山麓に大鷲は悦びの声を放ち
鴉は死者の流す血の海を泳ぎ
海原は手負ひの傷
牧童達は永い間泣いてゐた
フアラモンよ フアラモンよ 吾等の王よ
吾等の父は戦場の露と消えた
荒鷲の大丈夫も泣きつゞけた
嘆くがまゝに嘆きつゞけた
戦つて戦つて そして凱旋したあかつきは
吾等はおのがじし花嫁を選ばう
その乳は吾等の子孫の心臓を
勇気をもつて満すべき血とならう
おゝ 時は流れる
いまはのきはに吾等は微笑《わら》はう
フアラモンよ
………………
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 私は、ノルマンデイの海賊の|戦ひの唄《バルヂン》を、横笛で吹奏した。そしてドリアンに打ち跨つた。その間に戦器を積んだ三台の馬車が用意されると、それに十五騎の連中が分乗して、鳴りを鎮めて出発した。
 振り返つて見ると妻とメイ子が切りに腕を振つてゐた。笛を高くあげて呼応すると、影が長槍のやうに伸びて、彼女等の胸にもとゞきさうであつた。月は行手の山の蔭に沈まうとしてゐるらしかつた。
 音無家の屋根が眼下に見降せる丘の上まで来ると、私は馬上からアメリカ・インヂアンのアツシユの弓を満月と振りしぼつて、ひようと放つた。一片の詩片を結んだ矢は、流星に見紛ふ弾道を描いて、ピラミツド型の屋根に落ちた。
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“|But this fold flow'ret climbs the hill《この花こそは山にも攀ぢよ》,

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