ざかつてゆくまで、私は唇を噛み、果は涙を流して見送るより他は術もなかつた。――それにしても私は、斯んな奇怪な光景を眼のあたりに見れば見るほど、見知らぬ蛮地の夢のやうでならなかつた。
 後に聞くところに依ると、あの激しい胴上を十何辺繰返しても気絶もせぬと、村境ひの川まで運んで、流れの上へ真つさかさまに投げ込むのださうである。結社の連中は必ず覆面をして黙々と刑を遂行するから、被害者は誰を告訴するといふ方法もなく、人々は一切知らぬ顔を装ふのが風習であり、何としても泣寝入より他はなかつた。
 あの時の万豊の最後は、あれなり私は見届け損つたが、狙はれたとなれば祭りや闇の晩に限つたといふのでもなく、蛍の出はじめたころの或る夕暮時に、村会議員のJ氏が役場帰りの途中を待伏せられて、担がれたところを、私は鮒釣の帰りに目撃した。彼は達者な泳ぎ手で、難なく向岸へ抜手を切つて泳ぎついたが、とぼ/\と手ぶらで引あげて行つた折の姿は、思ひ出すも無惨な光景で私は目を掩はずには居られなかつた。
 鵙の声などを耳にして、あの時のことを思ひ出すと、私にはありありと万豊の叫びや議員のことが連想された。やがては次第に私も迷信
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