たりしてゐる場面が見えた。そろひの着物なども出来あがり、壁には花笠や山車の花がかゝつて、祭りの近づいてゐるけしきは何の家を眺めても露はであつた。
「皆な面をもつて喜んでゐるね。万豊の栗拾ひたちが、好くもあんなにそろつて面を持出したとおもつたが――飛んだ役に立てたものだな。」
「なにしろ玩具なんてものを普段持扱はないので、子供の騒ぎは大変ださうですよ。」
うつかりと夜道を戻つて来た酔払ひなどが突然狐や赤鬼に悸されて胆を潰したり娘達がひよつとこに追ひかけられたりする騒ぎが頻繁に起つたりするので、当分の間は子供の夜遊びは厳禁しようと各戸で申合せたさうだつた。
三
「水流《つる》さんや、お前えも余つ程要心しねえと危ねえぞ。丸十の繁から俺は聴いたんだが、お前えは飛んだ依怙贔負の仕事をしてゐるつてはなしぢやないか、家によつて仕事の仕振りが違ふつてことだよ。」
杉十郎は自分に渡された面をとつて、裏側の節穴を気にした。
「俺ア別段何うとも思やしないんだが、人の口は煩いからな。」
彼は一度村長を務めたこともあるさうだが、日常の何んな場合にでも自分の意見を直接相手につたへるといふのではなくて、誰がお前のことを何う云つてゐたぞといふ風にばかり吹聴して他人と他人との感情を害はせた。そして、その間で自分だけが何か親切な人物であるといふ態度を示したがつた。彼も例の黒表の一名だが、おそらくその原因は、その「親切ごかし」なる仇名に依つたものに違ひなかつた。倅の松二郎が亦性質も容貌も父に生写で「障子の穴」といふ仇名であつた。
眼のかたちが障子の穴のやうに妙に小さく無造作で、爪の先で引掻いたやうだからといふ説と、障子の穴から覗くやうに他人の噂を拾ひ集めて吹聴するからだといふ説があつたが、彼等に対する人々の反感は積年のもので、一度はどちらかゞ担がれるだらう、親と子と間違へさうだが、間違つたところで五分五分だと云はれた。
「繁ひとりが云つてゐるんぢやないよ、阿父さん――」と松は何やらにやり笑ひを浮べながら父親へ耳打した。
「ふゝん、酒倉の伊八や伝までも――だつて俺たちは別にこの人達をかばふわけでもないんだが、そんなに訊いて見ると……な、つい気の毒になつて……」
「止めないか。僕等は何も人の噂を聞きに来たわけぢやないぞ。若し、この人の仕事に就いて君達自身が不満を覚えるといふなら、そのまゝの意見は一応聴かうぜ。」
私は二人の顔を等分に視詰めた。抗弁をしようとして御面師は一膝乗り出したのだが、自分もやはり担がれる部の補欠になつてゐるのかと気づくと、舌が吊つて言葉が出せぬらしかつた。今更此処で抗弁したところで役にも立たぬと彼はあきらめようとするのだが唇が震へて、思はず首垂れてゐた。
「わしらには何も別段云ふことはないよ。だが、だね……」
「云ふことがないんなら、だが、も、然し、もあるまい。」
「折角、面が出来あがつたといふ晩に今更口論もないものさ。橋場の叔父御の口も多いが、酒倉の先生の理窟は世間には通りませんや、だが、も、然しもないで済めば浮世は太平楽だらうぢやないか。あははは。」
堀田忠吉は獣医の「法螺忠」といふ仇名だつた。私達としては何もこれらの人々の註文を特に遅らせたといふわけでもなく、ただ方面が一塊りだつたから、努めて取りまとめて届けに来たまでのことである。恰度、養魚場の金蔵なども柳下の家に集つて酒を飲みながら何かひそ/\と額をあつめて謀りごとに耽つてゐるところだつた。――まあ一杯、まあ一杯と無理矢理に二人をとらへて仲間に入れたが、彼等の云ふことがいちいち私達の癇にさわつた。「そんなのなら、えゝ、もう、好うござんす、品物は持つて帰りませう。難癖をつけられる覚えはないんですもの。」
御面師は包みを直して幾度も立上つたが、忠吉と金蔵が巧みになだめた。
「田舎の人は、ほんとうに人が悪い。うつかり云ふことなどを信じられやしない。」
私もそんなことを云つた。
「そ、それが、お前さんの災難のもとだよ。折角人の云ふことに角を立てゝ、六ヶしい理窟を喰つつけたがる。もともと、お前さんが狙はれ、水流《つる》さんにまで鉾先が向いて来たといふのは、お前さんのその短気な横風が祟つたといふことを考へて貰はなければならんのだが、今が今どう性根を入れ換へて呉れといふ話ぢやない。人の云ふことを好く聞いて貰ひたいといふものだ――俺達は今、村の者でもないお前さん達が担がれては気の毒だと思つて、対策を講じてゐるところなんぢやないか。」
杉十郎がこんこんと諭しはじめるので私達も腰を据ゑたが、彼等の云ふことは何うもうかうかとは信ぜられぬのであつた。その話を聴くと、私達ばかりが、矢面の犠牲者と見えたが、柳下父子を始めとして、法螺忠や金蔵の悪評は、桜の時分に此処に私達が現はれると直
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