雲のやうな見物の群が合の手を合唱する大乱痴気に浮されて、吾も吾もと踊手の数を増すばかりで、終ひには円陣までもが身動きもならぬ程に立込み、大半の者は足踏のままに浮れ呆け、踊り痴けてゐた。――そのうちに向方の社殿のあたりから、妙に不調和な笑ひ声とも鬨の声ともつかぬどよめきが起つて、突然二十人ちかい一団がわツと風を巻いて、森を突き走り出た。でも、踊の方は全くそつちの事件には素知らぬ気色で相変らず浮れつゞけ見物の者も亦、誰ひとり眼も呉れようともせず、知つて空呆けてゐる風だつた。弥次馬の追ふ隙もなさゝうな、全く疾風迅雷の早業で、誰しも事の次第を見届けた者もあるまいが、それにしても、群集の気合ひが余りにも馬耳東風なのが寧ろ私は奇体だつた。
「一体、今のあれは何の騒動なんだらう。喧嘩にしては何うもをかしいが……」と私は首を傾げた。すると誰やらが小声で、
「万豊が担がれたんだよ。」といとも不思議なさ気にさゝやいた。
 朧月夜であつた。あの一団が向方の街道を巨大な猪のやうな物凄さでまつしぐらに駈出してゆくのが窺はれた。誰ひとりそつちを振向いてゐる者さへなかつたが、私の好奇心は一層深まつたので、兎も角正体を見定めて来ようと決心して何気なさ気に其場を脱けてから、麦畑へ飛び降りるやいなや狐のやうに前へのめると、矢庭に径も選ばず一直線に畑を突き抜いて、彼等の行手を目指した。街道は白く弓なりに迂廻してゐるので忽ち私は彼等の遥か行手の馬頭観音の祠の傍に達し、凝つと息を殺して蹲つたまゝ物音の近づくのを待伏せした。突撃の軍馬が圧寄せるかのやうな地響をたてゝ、間もなく秘密結社の一団は、砂を巻いて私の眼界に大写となつた。非常な速さで、誰も掛声ひとつ発するものとてもなく、唯不気味な息づかひの荒々しさが一塊となつて、丁度機関車の煙突の音と聞違ふばかりの壮烈なる促音調を響かせながら、一陣の突風と共に私の眼の先をかすめた。見ると連中は挙つて鬼や天狗、武者、狐、しほふき等の御面をかむつて全く何処の誰とも見境ひもつかぬ巧妙無造作な変装振りだつた。たゞひとり彼等の頭上にさゝげ上げられて鯉のやうに横たはつたまゝ、悲嘆の苦しみに悶掻き返り、滅茶苦茶に虚空を掴んでゐる人物だけが素面で、確とは見定めもつかなかつたが、やはり正銘な万豊の面影だつた。その衣服はおそらく途中の嵐で吹飛んでしまつたのであらうか、後は見るも浅猿しい裸形
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