の爽々しさに煽られた。それにつけて私はまた鏡の中で隣りの御面師を見ると、狐のやうな不平顔で、はやく金をとりたいものだが自分が云ひ出すのは厭で、私をせき立てようといらいらして激しい貧乏ゆすりを立てたり、キヨロ/\と私の横顔を窺つたりしてゐるのが悪感を持つて眺められた。彼はこの卑怯因循な態度で終ひに人々から狙はれるに至つたのかと私は気づいたが、普段のやうに敢て代弁の役を買つて出ようとはしなかつた。そして私はわざとはつきりと、
「水流舟二郎君、僕はもう暫く此処で遊んでゆくから、若し落着かないなら先へ帰り給へな。」と云つた。
「ミヅナガレ舟二郎か――こいつはどうも打つてつけの名前だな。あはは。」と法螺忠が笑ふと、スツポンが忽ち聴耳を立てゝ、え? え?、え? と首を伸した。すると法螺忠は、後架へでも走るらしく、やをら立上ると、
「あいつは一体生意気だよ。碌々人の云ふことも聞かないで偉さうな面ばかりしてやがら、余つ程人を馬鹿にしてやがるんだらう。何だい、独りでオツに済して、何を伸びたり縮んだりしてやがるんだい。自惚れ鏡が見たかつたら、さつさと手前えの家へ帰るが好いぞ。畜生、まご/\してやがると、俺らがひとりで引つ担いで音をあげさせてやるぞ。」などゝ呟き、大層癇の高ぶつた脚どりであつた。



底本:「牧野信一全集第五巻」筑摩書房
   2002(平成14)年7月20日初版第1刷発行
初出:「文藝春秋」文藝春秋社
   1934(昭和9)年12月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:宮元淳一
校正:伊藤時也
2006年9月17日作成
青空文庫作成ファイル:
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