踊り痴《ほう》けていた。――そのうちに向方《むこう》の社殿のあたりから、妙に不調和な笑い声とも鬨の声ともつかぬどよめきが起って、突然二十人ちかい一団がわッと風を巻いて森を突き走り出た。でも、踊りの方は全くそっちの事件には素知らぬ気色で相変らず浮れつづけ見物の者もまた、誰ひとり眼もくれようともせず、知って空呆《そらとぼ》けている風だった。弥次馬の追う隙《すき》もなさそうな、全く疾風迅雷の早業で、誰しも事の次第を見届けた者もあるまいが、それにしても群集の気配が余りにも馬耳東風なのがむしろ私は奇態だった。
「一体、今のあれは何の騒動なんだろう。喧嘩《けんか》にしてはどうもおかしいが……」と私は首を傾《かし》げた。すると誰やらが小声で、
「万豊が担がれたんだよ。」といとも不思議なさげにささやいた。
 朧月夜《おぼろづきよ》であった。あの一団が向方の街道を巨大な猪《いのしし》のような物凄さでまっしぐらに駈出してゆくのが窺《うかが》われた。誰ひとりそっちを振向いている者さえなかったが、私の好奇心は一層深まったので、ともかく正体を見定めて来ようと決心して何気なさげにその場を脱けてから、麦畑へ飛び降り
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