事から彼の名前は水流舟二郎と称《よ》ぶのだと知らされた。私はミズナガレと読んだが、それはツルと訓《よ》むのだそうだった。
「この苗字は私の村(奈良県下)では軒並なんですが――」と彼はその時も、ふところの中に顔を埋めるようにして呟《つぶや》いた。「苗字と名前とがまるで拵《こしら》えものの冗談のように際《きわ》どく釣合っているのが、私は無性に恥しいんです。それにどうもそれは私にとってはいろいろと縁起でもない、これまでのことが……」
彼はわけもなく恐縮して是非とも忘れて欲しいなどと手を合せたりする始末だったのである。そんな想いなどは想像もつかなかったが、私は難なく忘れて口にした験《ため》しもなかったのに、ツマラヌ連想から不意とその時、人の名前というほどの意味もなく、その文字面を思い浮べたらしかったのである。
それはそうと、その頃私の身にはとんだ災難が降りかかろうとしているらしいあたりの雲行であった。
「今度、踊りの晩に、担がれる奴は、おそらくあの酒倉の居候だろう。」
「畢竟《ひっきょう》するに、野郎の順番だな。」
私を目指《めざ》して、この怖《おそ》るべき風評がしばしば明らさまの声と化
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