で役にも立たぬと彼はあきらめようとするのだが唇が震えて、思わず項垂《うなだ》れていた。
「わしらには何も別段いうことはないよ。だが、だね……」
「いうことがないんなら、だが、も、しかし、もあるまい。」
「折角、面が出来あがったという晩に今更口論もないものさ。橋場の叔父御《おじご》の口も多いが、酒倉の先生の理窟《りくつ》は世間には通りませんや、だが、も、しかしもないで済めば浮世は太平楽だろうじゃないか。あははは。」
堀田忠吉は獣医の「法螺《ほら》忠」という渾名《あだな》だった。私たちとしては何もこれらの人々の註文を特に遅らせたというわけでもなく、ただ方面が一塊りだったから、努めて取りまとめて届けに来たまでのことである。丁度、養魚場の金蔵なども柳下の家に集って酒を飲みながら何かひそひそと額をあつめて謀《はかりごと》に耽《ふけ》っているところだった。――まあ一杯、まあ一杯と無理矢理に二人をとらえて仲間に入れたが、彼らのいうことがいちいち私たちの癇《かん》にさわった。「そんなのなら、ええ、もう、好《よ》うござんす、品物は持って帰りましょう。難癖をつけられる覚えはないんですもの。」
御面師は
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