た。その衣服はおそらく途中の嵐で吹飛んでしまったのであろうか、彼は見るも浅ましい裸形のなりで、命かぎりの悲鳴を挙げていた。たしかに何かの言葉を吐いているのだが、支那かアフリカの野蛮人のようなおもむきで、まるきり意味は通じなかった。ただ動物的な断末魔の喚《わめ》きで気狂いとなり、救いを呼ぶのか、憐《あわ》れみを乞《こ》うのか判断もつかぬが、折々ひときわ鋭く五位鷺《ごいさぎ》のような喉を振り絞って余韻もながく叫びあげる声が朧夜の霞を破って凄惨この上もなかった。と、その度《たび》ごとに担ぎ手の腕が一斉に高く上へ伸びきると、逞《たく》ましい万豊の体躯は思い切り高く抛《ほう》りあげられて、その都度空中に様々なるポーズを描出した。徹底的な逆上で硬直した彼の肢体は、一度は鯱《しゃちほこ》のような勇ましさで空を蹴って跳ねあがったかとおもうと、次にはかっぽれの活人形《いきにんぎょう》のような飄逸《ひょういつ》な姿で踊りあがり、また三度目には蝦《えび》のように腰を曲げて、やおら見事な宙返りを打った。そして再び腕の台に転落すると、またもや激流にのった小舟の威勢で見る影もなく、拉《らっ》し去られた、――私は堪
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