エは、ぢやどうすれば好いんだ……えゝツ、面倒臭い、酔つてしまへ、酔つてしまへ、神経的も、感傷的も、卑しさも、そして士もへつたくれもあつたものぢやない、どうせ俺アぬすツとだア、アツハツハ……)
「ハヽヽヽ、士ですからね、私は。何時、官を退いて野《や》に帰るかも知れませんよ、ハヽヽヽ、帰る、帰る、帰る……例へば、ですよ。」
「それア、勿論、それ位ひの……」
「ハヽヽヽ、何と僕は見あげた心をもつてゐるでせう、ハヽヽ、願クバ骸骨ヲ乞ヒ卒伍ニ帰セン、でしたかね。」
「口ぢや何とでも云へるよ。」
母は、彼の調子に乗せられて、笑ひながら、明るく叱つた。斯んな調子は、母は好きなのである。斯んな言葉は、彼が幼時母から授かつたのである。母は、その幼時その父から多くの漢文を講義されたさうである。――母は、彼が斯ういふ態度をすると、タキノ家に対して淡い勝利を感ずるのであつた。実際の彼は、そのやうな母の血を少しも享けてはゐなかつた。
母は、その兄達と共にタキノ家の者、就中彼の父を「腰抜け」と呼んだことがあるが、そして彼の父を怒らせたのであるが、父以上のそれ[#「それ」に傍点]である彼は、その時内心父に味方し
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