家に入つた泥棒を捕へて見たら、それは自分の子であつた……さういふ諺見たいな話があつたと思ふんだが、さつぱり面白い諺ぢやないが、誰だつたか? 自分の知合の者で、それを実行した奴があつて、いつだつたか、大いに笑つたことがあつたが、えゝと? あれは誰だつたかね? ――彼は、さつきからそんなことを思つてゐたのだが、突然今、気がついたのである。――(何アんだ、この男か、あまり眼の前にゐたので、そして厭に大人振つた口ばかり利いてゐるので、すつかり見失つてゐた、――うん、さうだ/\。)
「藤井、藤井! おい、君!」と彼は、ひとりで可笑さうにクツクツと笑ひながら、
「君は、ハヽヽ、ずつと前、ハヽヽ、自分の家に、ハヽヽ、泥棒に入つたことがあつたつけね、ハヽヽ。」と、大変なことでも発見したやうに笑つた。
藤井は、赤い顔をしてうつ向いた。藤井は、放蕩の揚句家を追はれてゐた頃、実際にそんなことを行つた経験があつた。――今になつて、そんなことを云はれたつて藤井は、大して恥しくもないし、別段可笑しいこともなかつた。
「そして、ハヽヽ、あの、ハヽヽ、あの時、君は、ハヽヽ、捕へられたのだつたかね、ハヽヽ。」
「おひ
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