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「あいつ等がさ……」
「あいつ等ツて誰れさ、おぢいさんのこと?」
「……フツ、つまらない。」
――母は、昔の話には興味を持つてゐた。彼は、今話を成るべく古い方へ持つて行くことに努めてゐた。前の晩彼は、危くなる心を鎮めて、百ヶ日の時のやうな不始末もなく済んだので、今、ホツとしてゐた。自分さへ心を鎮めてゐれば、今の吾家には何の風波もないわけか――さう思ふと彼は、こんな心を鎮める位ひのことは何でもない気がした。
周子は、隣りの部屋で二郎や従妹達と子供のやうに話してゐた。――彼は、周子の心になつて、この母とこの悴が話してゐる光景を想像すると、他合もない気遅れを感じた。……(何しろ彼奴には、あんな事[#「あんな事」に傍点]を知られてゐるんだからな、何んな気持で俺達を見てゐることやら?)さう思つても彼は、こゝで周子に何の憤懣も覚えなかつた。――母は、彼も周子も、母のそんな事[#「そんな事」に傍点]は何も知らない気で、飽くまでも母らしい威厳を保つてゐるのだ。百ヶ日の頃には、父の突然の死を悲しむあまり彼が狂酒に耽つてゐたのだ、といふ風に母は思つてゐるのだ。
彼は、周子を感ずると一層母と親しい
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