ツ山に覗いて、
「うちの鸚鵡よりも、アナタはおとなしい。」
などと、皮肉でなしに云つた。彼は、赧くなつて立ちあがつた。――彼には、洋風の居室などが、大変珍らしかつたので、不躾けにあたりを見廻した。Fが、一寸部屋から出て行つた時彼は、隣りにも同じ部屋があるので、その方へ進んで行くと、突然、酷く堅くて、冷いものに、イヤといふ程頭を殴られた。――気附いて見ると、壁に塗り込まれてある大きな鏡だつた。傍き見をしながら、歩いて行つたのだらうが、余程酷くテレてゐたものらしい。今、思つても、その時鏡に写つてゐた筈の己れの姿は、どうしても思ひ浮ばない。その晩、家に帰つてから彼は、熱を出した。誰にも見られなかつたから、好かつたが――と呟いで、胸を撫で降ろしてゐる自分が一層堪らなかつた。
彼のは、物思ひに耽つて眼前のものを忘れるといふ類ひのものでない。
「さうなれば、ほんとうに私は救かるんだがな。」
「救かるなんて! そんなことを云はなくつてもいゝよ/\。」と、彼は、無造作に点頭いて、周子の母を一層気嫌好くさせた。――ブランコに乗つて、半円に達する程の弧を描き、風を切る身に、足の裏から冷い風が滲み込んで
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