nラなんかに帰らないんだ。面白くもない!」
「お前は、吾家にゐる時分はそんなにお酒なんか飲まなかつたんだつてね!」
さう彼女が云ふのは、彼女と違つて、彼の母は悴に大変冷淡だからそんな処でお酒など飲んだつて「お前のやうな気性の者が」落着ける筈はあるまい、それに引換へ自分はこのやうに親切だから定めしこの家の酒宴は楽しみであらう! ――それ程の意味で、若し彼が、その意味に気附かないでゐると、彼女はそれだけのことを明らかに附け加へるのであつた。彼女は、機嫌の好い時には稍ともすれば相手を喜ばす為めに「お前のやうな気性の者」といふ言葉を使ふのが癖であるが、機嫌の悪い時には、この同じ言葉を悪い意味に通用させて、蔭で他人のことをそしるのであつた。また彼女は、自ら「私は、斯ういふ人間だから。」といふ言葉を、自讚の意味に用ひて、自分の話を続ける癖があつた。――彼は、この重宝な言葉が夥しく嫌ひであつた。迷惑を感ずるのが常だつた。だから彼は、いつでも彼女のその自讚の言葉を耳にする時は、「如何いふ人間なのか此方は知らないよ、云はゞ、まア、あまり好い人間だとは思つてはゐないだけのことだが――」といふやうに、此方
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