――と、云つたら、
「自殺は嫌ひだ――眠つてゐるところでもを闇打ちにしてくれ!」位ひの図々しさは用意してゐるんだが、勿論読まれたくはない。
 村山氏といふ人は、他人の不祥事や秘密を発いてセヽラ笑ふことが好きな人である。内容には触れずに、好い加減な皮肉で、彼の母を悦ばせたのであらう! 村山氏を、憎む気にもなれなかつたが、愚かなお調子者の非文学的な彼の小説のつまり彼である主人公が、ペラペラと吾家の不祥事を吹聴したり、親の秘密を発いたりする文章を書き綴つてゐる浅猿しさを、彼は自ら嘆いた。そして、何も知らない母が気の毒であつた。彼は、想像力に欠けた己れの仕事が憾めしかつた。また、下らない奴に邪魔される迷惑も感じた。
「翻訳をして、母に送らう。」
 彼は、母の手紙を読み終ると同時に、思はず斯んなことを呟いだ。一寸以前の彼であつたら、ワザと意地悪る気な笑ひを浮べて、――斯んな刺激も必要だ! とか、不徳の罰だ! とか、と安ツぽく露悪的に呟くに違ひなかつたが(現に彼は、さういふ小説を書いてゐる。)、そんな感情は巧い具合に、この家の一種彼にも通ずる卑俗な連中が、あゝいふ態度で彼の心を拭つたやうなものだつ
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