。あの、昔の望遠鏡のやうに曇つてゐた。彼は、自分の頭を例へるにも、こんな道具に引き較べるより他に仕様のない己れの無智が可笑しかつた。
「でも、寂しいだらうね。」
「そんなこともないだらう……」
「さうかね、クツクツク……」
 老婆は、欠けた歯を露はにして笑つてゐた、娘と共々に。そして彼の方に向つて、話頭を転ずる為に、
「だけど、ちつたアお前だつてかせがなければ……、そんなことも考へてゐるの?」などゝ訊ねた。
「とても駄目だ。」と彼は云つた。
「嘘なのよ、お母さん。」と、傍から賢太郎が可愛らしい声で口を出した。「兄さんは、時々雑誌やなんかに童話を書いて、お金を儲けてゐるのよ。」
「ほう! 童話ツて何だい。」
「お伽噺のことよ――だから、この頃毎晩出かけて、屹度酔つて帰つて来るぢやないの! あれ、みんな自分で取るお金なのよ。」
「ほう、偉いんだね。――ぢや、ヲダハラからはいくらも貰つてゐるわけぢやないんだね、遠慮深いんだね、感心だねえ!」
「あたしなんて、病院へ行くんだつて遠慮してゐる程なのよ。」と、娘は云つた。彼女は、婦人科病院に通つてゐた。老婆は、忽ちカツとして彼を何か罵つた。
 階下
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