ミの無収入の重役? 学校? 学校だつたつけな、ハヽヽ、親父のことは笑へないや、俺だつてもう英一の親父だつたね、ハヽヽ。)
「ハヽヽ、どうも貧棒で弱つちやつたな。未だ当分お金は貰へますかね。」
「少し位いのことなら出来るだらうが、無駄費ひぢや困るよ。」
「どうして、どうして無駄どころか。」と、彼は、厭に快活に調子づいた。「研究ですからなア。」
「そんならまア仕方がないけれどさア。」
「それアもう僕だつて――」――(阿母の奴、奇妙にやさしいな、ハヽヽ、気の毒だな、こんな悪い悴で、だが、自分は如何だ、仕方のないやさしさなんだらう、フツ。嘘つき、罰かも知れないよ、こんな悴が居るのも。……一寸、一本|悸《おど》かしてやらうかな。)――「だけど勉強なら何も東京にばかり居る必要もない気がするんで、当分吾家に帰らうかなんて、思つてもゐるんだが?」
「また!」と、母は眼を視張つた。
(どうだ、驚いたらう、――大丈夫だよ、お金さへ呉れゝば帰りアしないよ、面白くもない、……志村の泥棒!)――。
「また、と云つたつて、阿父さんが亡いと思へば、さう阿母さんにばかり心配かけては僕としても済まない気がするんですもの、ちつたア……」
「直ぐにお前は、嶮しい眼つきをするのが癖になつたね、お酒を飲むと、東京などで、外で遊んだりするのは、お止めよ、危いぜ。」
「えゝ。」と、彼は、辛うじて胸を撫でおろした。
「間違ひを起さないようにね、いくら困つたつて好いから卑しいことはしないやうにしてお呉れ。貧ハ士ノ常ナリといふ諺を教へてやつたことがあるだらう。」
「…………」
彼は、点頭いた。もう彼は、悪い呟きごとは云へなかつた。自分が、卑しいことばかりしてゐるやうな不甲斐なさにガンと胸を打たれた。先のことを思へば、一層暗い穴に入つて行く心細さだつた。――「僕……大丈夫です、士、さうだ、士です、士です。」
彼は、悲しい[#「悲しい」に傍点]やうな、嬉しい[#「嬉しい」に傍点]やうな塊りが喉につかへて来る息苦しさを感じた。悲しさは、己れの愚かに卑しい行動である。母の言葉が、それを奇妙に嬉しく包んで呉れたのである。――(御免なさい、御免なさい、私のほんとうの阿母さん、たつた一人の阿母さん、阿母さんが何をしたつて私は、関ひま……せん、とは、未だ云へない、感傷は許して貰はう、不貞くされは胸に畳まう、だが、この神経的な不快
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