しに謝りの言葉を口走つてゐた。そして彼女は、新しい自分の肖像画を濡れた眼で見あげた。――この悲劇的な突飛な光景が、美奈子の胸にも少しも不自然な感じを呼び起さないのが、彼女は、止め度もなく悲しかつた。
久保は美奈子が縁家先へ戻つた後にも、其処の家と親しくなつて、屡々訪れてゐた。美奈子の弟と友達になつた。
勿論持ち帰つたものとばかり思つてゐたあの肖像画を、久保は或日其処の応接間の壁に見出した。
「何うして姉はこれ[#「これ」に傍点]を持ち帰らなかつたのかと家の者は皆な不思議がつてゐるんですがね。」
美奈子の弟が、それを指差して、久保に云つた。「自分の家に飾つたら好さゝうなものなのに、此間ハガキで、当分其方へ預けて置くからなんて云つて寄越したんですよ。買ふことが出来るまでは、持ち帰るのが気にでもなつたんでせうが――」
「買ふなんて……そんなこと!」
そして久保は、あかくなつて、
「大方御不満でゝもあるんでせう。」
と、さりげなくそんなことを云つて笑つたが、内心、彼女に溢るゝばかりの感謝を覚へてゐた。何故、彼女が――誰のために、これを此処に残して行つたか。――その美奈子の心持が久保に
前へ
次へ
全14ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング