は、はつきりと相像出来るのであつた。
「美奈子夫人の像」と題してはあるものゝ、それは、久保が、はじめて彼女に遇つた頃のまゝの姿の美奈子が、ソフアに凭つて楽譜を読んでゐる構図であつた。
 久保は、自分の部屋に懸けてある「階段」の画面と、この肖像画とを、思ひ合せて、自分の心に残つてゐるまゝの、いろいろな美奈子を、新しいまゝに回想することの出来る満足に浸つた。
 どこまで昇つて行つても限りもなく続いてゐる階段を、美奈子の腕をとつて嬉々としながら昇つて行く――そんな夢を、久保は或朝アパートの寝台で見て、不図眼を醒すと美奈子からの手紙が目についた。それには、彼女の夫君が、久保の「階段」を欲しがつてゐるから是非とも譲り享けたい云々といふことが、至極簡単に記されてあつた。そして里に残して来た方も、あの時はあなたと争つて奪つたものゝ、つい忘れて来てしまつたから、それと一緒に送るよう手配して欲しい、屹度今となればその方をあなたは望むに違ひなからうからと云ふような意味のことが附け加へられてあつた。

     ――――――――――
 久保は画を売つた金で島へ旅行を試みた。その年彼は風景画ばかりを三枚もつくつた。



底本:「牧野信一全集第四巻」筑摩書房
   2002(平成14)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「婦人サロン 第四巻第五号」文藝春秋社
   1932(昭和7)年5月1日発行
初出:「婦人サロン 第四巻第五号」文藝春秋社
   1932(昭和7)年5月1日発行
入力:宮元淳一
校正:門田裕志
2010年1月17日作成
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