の中だもの――だが、愉快な形式を尊重して、一枝のミスルトウを、二人がゝりで探しに行くといふ古風な夢を実現して見ようではないか……」
 私は、そんなことを云つてフロラを伴れ出して来たのであつたが、梢ばかり見あげて歩き廻つたので、首筋のあたりが変になつてしまつた程なのだが、何処にもミスルトウの小枝も見あたらなかつた。
「あれは、寄生する親木の類ひが、特別にあるのではなかつたか知ら――植物学の書物を見ておくべきであつた。」
 私がついそんな嘆息を洩すと、フロラも眉を顰めて「こんなに歩き廻らなければならぬのであつたなら、あたしは橇小屋から馬を借り出して来たものを――」と不満を述べた。
 私達は樅の大木の森を、熱心にさ迷ひまはつてゐた。私は、無論、手をのばせばとゞくであらうほどの高さの小さな幹ばかりを見てゐたのだ。
「ほんの手のとゞく位のところに、幾らでもあると思つたが――」
「お前は樹の幹をよぢ登ることは出来るのかしら?」とフロラは訊ねた。
「垂直な幹でさへなければ、そして余り太い幹でなければ……」
 と云ひかけたが、私は幾分の不安を覚えた。私は少年の頃、果物をとる目的で高い枝から枝を伝ふてゐると、突然枝が折れて地上に転落し左腕を折つた経験がある。それ以来迷信的に木登りを怖れる質が生じてゐた。さうだ俺は、それ以来一度も木登りといふことを試みたことは無かつたのぢやないかしら――不図私は、そんなことを思ひ廻らせてゐる矢先に、ずつと先の方に踏み入つてゐたフロラが、
「ハロー、ハロー!」
 と鋭く歓喜の声を挙げた。そして、恰で逃げてしまふ生物を見出したかのやうに慌て、
「早くお出で/\! 見事な一株のミスルトウを、直ぐ其処に見出した!」
 と、叫んだ。森閑とした森に、気たゝましい女の声が不気味に反響した。私が駆け寄るとフロラは、
「私は、とう/\幸ひを発見した!」
 と仰山な声をあげて悦びのあまり私の胸に抱きついた。
 で私が、フロラの指差すところを見あげると、二抱へもある程の樅の木で、寄生木のある枝までは凡そ二丈も昇らなければならなかつた。
 私の両脚は感覚を失つた。
「樵夫のところから縄梯子を借りて来たら好からう、そしてあたしはお前の手がミスルトウの枝に触れるところを注意深く見守るであらう、お前が切りとつて来るミスルトウにあたしは、二人の永久の幸ひを祈る最初の接吻を寄せるであら
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