つてね、――君、見たか、新聞?」
 この間、暫く振りで訊ねて来た藤村は、自分達に関係がある話のやうに、殊更にそんなことを云つた。
「気がつかなかつた。」
「だが汽車は、到頭あそこまで通じたんだね、行つて見ようか。」
「だつて今ぢや行つたつて、畑の番人になることも出来ないぜ。」
「ハッハッハ、困つたね。――ミス Fから便りがあるか。」
「去年、ミセスになつたよ。」
「がつかりしたか?」
「俺、毛唐人だけは真ッ平だよ。」
「チェツ! 厭に収まつた顔をするねえ、」などゝ彼は笑ひながら「こゝはつまり武蔵野か、たしかにその面影があるね――野原ぢや大丈夫だ。転ばり[#「ばり」に傍点]落つこちる心配がないから。」
「さうさう、あれぢや笑つたッけなァ!」と、私は膝を打ッて、心細く窓の外を眺めた。
 二人が大分酩酊して来た時に藤村は、私の耳に口を寄せて
「細君がゐると、俺何だか気拙くて、あの頃のやうになれないや。」と、さゝやいだ。
「俺も/\/\、――」
 私は、他人事のやうな顰めッ面をして藤村に賛同しながら、襖を隔てたそれしかない隣室に向つて、頤を突き出して稍暫くの間|憎々顔《にくにくがほ》を保つた。[#地から1字上げ](十四・六)



底本:「牧野信一全集第二巻」筑摩書房
   2002(平成14)年3月24日初版第1刷
底本の親本:「女性 第八巻第二号」プラトン社
   1925(大正14)年8月1日発行
初出:「女性 第八巻第二号」プラトン社
   1925(大正14)年8月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:宮元淳一
校正:門田裕志
2010年5月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全17ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング