ィックな気風は余り好かない、……ミリタリズムは嫌ひぢやないんだが。」
私は、そんなことを呟いてゐたがFにも照子にも聞えなかつた。
山村は、最初に逆車輪を演じた。私も、その妙技には沁々と感嘆したのだが、Fと照子が余り熱心に見物してゐるのに反感と嫉妬を覚えて、仲間の技術を監視してゐるといふ風な冷かな眼で眺めてゐた。
たくましい山村の腕に握られると、鉄棒の方が飴のやうに自由になるかのやうに見えた。そして張り切つた筋肉が、ピシ、ピシと快い音をたてて鉄棒に鳴つた。山村は、多少の恥らひを含みながらも、いつの間にか自分の技倆に恍惚として、息を衝く間も見せず鮮かに鉄棒に戯れた。天空を飛翻する鳶の如く悠々と「大車輪」の業を見せて、するりと手を離したかと見ると、砂地に近いところで伸々とした宙返りを打つた。
「おお、キレイだ。」
Fは、思はず叫んで照子と私を見た。
「どうも、まだいかん。」といふ風に山村は、得意らしく首をかしげて笑つた。山村の勇敢な、そして謙遜な姿は、男の私が眺めてさへ恍惚とした。
「龍ちやん、今度やつて御覧!」と、照子が叫んだ。――龍二は、十二階段の頂上に駆けのぼつて、倒立をした。彼は、それが得意だつた。足先をそろへていつまでも蝋燭のやうに立ち続けた。そして、ゆるやかな弾道を描いて、地上に降りた。山村は、続いて頂から、上向に寝て脚から先きに落ちる芸当をやつた。
「ジュンも何かやつて御覧な。」と、Fが云つた。私は、さつきからその言葉を聞くことばかりを怖れてゐたのだ。
「純ちやん、機械体操をやつて御覧な。」
「……」――「僕は、遊動円木が好きだ。」
「遊動円木なら、妾だつて出来るわよ、ねFさん。」
Fは、笑つて点頭いた。山村と龍二は相競うて運動を続けてゐた。――梁木渡り、幅飛び、棒飛び、……何れも悉く見物を感心させぬものはなかつた。Fも、照子も、私も手に汗を握らせられた。
二人は、汗でシャツをぬらせて私達の傍に来て休んだ。Fは、山村にいろいろ運動に関する質問をしたり、激賞したりして山村をてれ[#「てれ」に傍点]させた。
「ああ、暑い暑い――海へでも入りたいな。」と、龍二は云つた。
「今頃の海の水は、却つて暖いよ。俺この間、一遍入つて見た。」
山村は、無器用な手つきで煙草を喫《ふか》しながら呟いだ。
「もう!」と、Fは眼を丸くした。
「僕は今年の冬は、三度も泳いだ。」と、龍二は云つて「あしたあたり、験しに入つて見ようや。」など呟いた。
「ぢや妾達も海辺へ行つて見ませう、ね、テルコさん。」
照子は、点頭いて、
「妾達も入つて見ませうよ。波打ちぎはのところで、脚だけ――」と、云つた。
夏になつたら、皆なで一緒に毎日海水浴へ行かうなどといふことを話し合ひながら、私達は家へ帰つた。――その晩、私は『水泳術』の本を読みながら寝た。
翌朝、私が起きた時は、もうFの姿は見えなかつた。さつきFが、私を起しに来たのを、私は知つてゐたが、知らん振りをしてゐた。無邪気に眠つてゐる風を装うてゐたのだ。私は、前の晩Fに、自分も龍二達と同じやうに、冷い海で泳ぐと云つたりしたのである。
「龍二や山村は、達者に泳ぐことはたしかだが、漁師の泳ぎであるから見苦しい。」
私は、そんなことを云つて暗に自分は目覚しい水泳の選手であるといふことを仄めかしたのである。――そして終ひには、彼等の泳ぎ方は馬のやうだなどと露骨に罵倒した。Fは、私の云ふことを信じて、
「ぢや、サドルのある馬には乗れないといふ種類なんだね。」と、冷笑した。
「Fは、アレゴリイが巧みだね。その通りその通り、――その代り、F達が泳ぐ時のライフ・ボオトには持つて来いの代物さ、ハッハッハ……」
私は、テエブルの上に立ちあがつて飛び込みの型を示したり、眼鏡を懸けて海の底へもぐつた時の印象を話したりした。また、クロオルを行ふ時の、首の振り具合、腕の抜き具合、呼吸の仕方等を説明した。打ち寄せる大波の底を目がけて砲弾のやうに飛び込み、波向ふに進む時は、大海原を征服したやうな誇りを感ずる、などと云つてFに舌を巻かせた。
「今日の運動場では、お前は活躍しなかつたが、ぢや海辺へ行けば素晴しいヴィクタアなわけだね。」
「階段の飛び降りとか、機械体操のトンボ返りぐらひなら子供の時分は巧かつたが、あんな単調な運動には愛想が尽きてゐるのさ。」
「あした、お前も泳いで見る!」
「その年、誰が一等先に海に入つたかといふことは中学生時分には誇りになつたものだ。新年の第一の朝などは、旭の昇るのを待ち兼ねて泳いだことだ。」
「夏になつたら、いろいろ泳ぎの方法をお前から教はることが出来るね。」
朝になると、私は胸騒ぎがして不断なら容易に眼が醒めないにも拘はらず、試験の朝が思はれるやうに眼が醒めた。Fが、枕元に立つて切りに
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