つて気取つた非難を私に浴せた。「純ちやんなんての趣味は、野蛮でお話になりやアしないわ。」
「そりやアさうだらうが、ああいふ婦人の相手はとても辛いね。」
私は、ほんとのことを云つてゐたのだが、都合の好いことには、照子は、私がFを僭越な意味で説明してゐるんだ――と誤解してゐた。で私も、つい嘘に花が咲いて、調子づいて、かうは云ふもののFと自分は愛し合つてゐるんだ、などと云ふ途方もない思はせ振りを示したりするのであつた。
「そこへ行くと妾なんぞは、心が拡いことよ。西洋人であらうと、純ちやんであらうと同じ心で附き合へてよ。妾は、いつそ外国人と結婚がしたいわ。」
結婚――そんな言葉を聞いただけでも、私の胸には甘くて熱い煙りがムッと渦を巻いた。――照子は、立ちあがつて縁側の椅子に腰を降して、海を眺めた。私は、醜い焦躁を振り払つて、やつぱり海の方へ眼を投げた。そして細く詠嘆的な声で、
「波がおだやかだね。」などと云つた。
「Fさんは今日は留守なの?」
「親父達と箱根見物に行つた。」と、私は物憂気に答へた。
「お前は英文学を研究してゐるさうだが、英会話は不得意らしいね。」
或る日Fは、そんな質問を発して私の喉を塞らせた。
「英文学を研究してゐるなんて、誰から聞いたの?」
「いつか、お前のダッディから聞いた。」
「いや僕は、日本のクラシックを主に研究してゐるんだ。」
「おお、さう。」
決して疑り深くないFは、易々と点頭いて、秘かに私を恐縮させた。Fの、この疑り深くない「おお、さう。」では、私は、屡々辟易させられたのである。私は、初めて父からFを紹介された時のことを覚えてゐる。――彼等が一時間以上喋つてゐた間、私に関する部分だけは、きつと聞き耳をたててゐたから、三分通りの要所は辛うじて解つたのである。
「彼は、如何にしてあんなに黙つてゐるのか、何か気嫌でも悪くしてゐるんぢやないかしら?」と、Fは、私のことを私の父に訊ねたのだ。父は、遊蕩的な笑ひを浮べて、
「レディの美しさに大方圧倒されてゐるんだらう。然しあの私の倅は、交際下手をいくらか自慢にするといふ風な愉快でない性質を持つてゐるんだよ。」
私は、父を軽ハズミなことを得意になつて云ふんだ、と観察しながら、横を向いた。Fは、膝の上の大きな赤革の化粧ケースの蓋を開けて、その中の鏡に顔を写して、のべつに頬のあたりを白粉で叩きながら
前へ
次へ
全16ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング