正面でばかし、斯んなに無神経で饒舌のヤンキー娘に物を云つてゐるのは馬鹿々々しくなつたので彼は、こゝで気持を転換させて、狡猾に笑ひ返した。Fも、到頭噴き出して了つた。
「だが――」彼は、もう一息圧へて置いてやらうと思つて、真顔になつて「だが、僕はFが想像してゐるやうに、決して柔順なFのピエロオぢやないよ。」と云つた。
「もういゝ/\。」Fは、唇の端で軽く笑つて、彼の肩を叩いた。
 Fは、彼の家の珍客だつた。彼の父が米国に居た時Fの父とは学校からの友達だつた。Fの父が横浜に店をもつてゐたので、二年も前からFは日本に来てゐた。前から彼は、Fと知り合ひだつたが、外国人に対して非常に臆病な彼は、つい近頃までFと親しめなかつた。――Fが彼の家を訪れたのは、これが初めてだつた。もう一週間近く滞在してゐた。
 そんなお客が来るんなら私達は逃げ出さう――家の中で牛肉を煮ることすら決して許さない彼の祖母は仏壇に錠を下して、彼の母を促して温泉へ行つてしまつた。彼の父は、忙しくて殆ど家を空けてゐた頃だつた。
 彼の家は、草葺家根の古い家だつた。長押には煤のかゝつた黒い槍が懸つてゐた。寝る時には電灯を消して、昔ながらの塗のはげた行灯を用ひてゐた。その家の中が、Fの来訪以来奇妙な白さを醸した。――それでも彼が勉強机にセセッション型のテーブルと椅子を用ひてゐたので、それを座敷の真中に持ち出してクロースを懸けて、食卓に代へ、Fは彼などの名も知らない西洋花を買つて来ては毎朝取り換へて、飾つたりした。父は建具屋に頼んで、涼み台のやうなベッドを拵へさせたり、自分が外国に居た時用ひた色のさめた羽根蒲団を持ち出したり、便所の腰掛をつくつたり、座敷の隅に洗面台を据ゑたり、床の間の懸物を鏡と取り換へたり、風呂場に錠を付けたり、台所には怪し気なオーブンを据ゑて、Fが伴れて来たアマさんが不平さうな顔で料理を拵へたりしてゐた。――それでも、どうやらFの起居に堪へられるだけの設備を整へたが、まるで家の中は奇術の舞台のやうになつてしまつた。
「ほんとに僕は、眠くて堪へられないんだ。許してくれ、一時間でいゝから眠らせて呉れないか? Fと一緒に朝飯を食べるといふことは僕に取つては何よりもの努力なんだよ。」
 彼は、さう云ふと頭をかゝへて再びどかりと椅子に落ち込んだ。――前の晩の夜更し、あの馬鹿々々しい騒ぎ……そのことを
前へ 次へ
全7ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング