たゞけでゾクゾクとしながら、凝つと怺えて前の方の葉の落ちきつた痩せた木々が冬らしい白い空にくつきりと伸びてゐる姿を静かに見あげてゐた。――幸ひに毎日、風のない麗かな日が好く続いてゐたが、私の砂を口に含んでゐるやうな苛々病はもうそろ/\起りかけてゐた。これが最少し嵩じると私は、稀に散歩に出かけても瀬戸物屋の前が通り憎くなるのであつた。
 何処の家でも、もうとうに冬のカーテンを懸けてゐる。斯んなに鼠色に汚れた白い布などを引いてゐる家は一軒だつて見あたらない、これからは昼間でも寒い曇り日などには幕を掛けなければならないのだ、厚味のある重さうな何々色のカーテンをあたりに引き廻らせれば温かく落つく、硝子戸一枚だつて決して心配はいらない――と、いふやうなことを彼女は幾度も説明したが、私は自分から先きに云ひ出したのにも係はらず、と聞くと、私はあまりに乗り気にもならなかつた。そして、反つて私は彼女の提言を嘲笑ふやうな顔をしたりした。
「堪らないのは、このうしろの窓だ。」と、私は唇をもぐもぐさせながら云ふだけのことだつた。「幕の下にでも俺は、あの擦硝子を感ずると凝つとしてはゐられなくなりさうだ――何か他に好い工夫はないかな。」
 別段、反対する程の積極性もなかつたが私は、彼女がそんな重さうな何々色の布などを遥々と買ひに出かける姿を想像したゞけでも何だか憶劫だつた。
 日増しに陽が深く部屋の中まで射し込むやうになり、この頃では朝私が眼を醒す頃にはすつかり雨戸が明け拡げられて陽は、奥行の二間あまりしかない部屋を隈なく突き透してゐた。――私は、陽を逃げて、屹度、寝た時とは飛んでもない方向に頭を置いて、それでもまぶしく陽が射して、亀のやうに夜着の中にもぐり込んでゐた。これに辟易して私は、何年振りかで朝起きをするやうになつた。……いつも、春先きの砂浜で昼寝をした時のやうにフラフラと懶い空ツぽの頭で起きあがるべく余儀なくされてゐた。
「これで生活に多少の変化でも出来れば幸福だが――」
 私は、そんなことを思ふこともあつた。
 あたりには丈の高い落葉樹が多く、日毎にその葉が薄れて行くので縁側には殆ど終日陽があたつてゐた。――そこの隅に、以前食膳の代りに用ひた安物の丸テーブルが邪魔になつておし寄せてあつた。
 或る朝私は、そこに絨氈をいくつかに折つて敷き詰めた。そして硝子戸を閉め、その中程に半紙を貼
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