ゐるかのやうであつた。それに伴れて心もまことに恬淡、種別の何たるを問ふことなく何んな足労も心労も厭ふことのないいつも釈然たる心の持主であつた。――この頃では、そんな持物もすつかり種切れになつて真に私は、寝ても起きても着たきりのインヂアン・ジヤケツトの着通しであつたが、先の頃私は夕暮時になると酒を欲して止み難く、飲代を得るために何かと身まはりのものなどを携へて町の質店へ赴かうとするのを発見すると、雪五郎は慌てゝ私の荷物を奪ひとつて自らその使ひ番を所望するのであつた。その雪五郎が、やうやく黄昏の霧が垂れこめて未だ村里には灯も瞬かぬ野中の一本道の、天も地も濛々として見定め難い薄霞みの棚引きのなかを、軽々と片手に風呂敷包みをぶらさげて脚どり豊かに出かけて行く後ろ姿を眺めると、私は彼の姿が霞みの彼方にしづしづと消えてしまふまで、窓に凭りかゝつて思はずいつも次のやうな歌を余韻も長くうたふのであつた。――(その一節……)
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……蹇としてひとり立ちて西また東す
あゝ遇ふべくして従ふべからず
たちまち飄然として長く往き
冷々たる軽風にのる――
[#ここで字下げ終わり]
 ――と、な
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