、馬車から降りると暫くの間ぼんやりと空を仰いでゐたが、傍らの筧に気づくと、父親を救け降して水をすゝめた。
 誰も彼も無言であつた。
 雪子も、すつかり当惑してしまつて、説明の仕様もなくなつたので、そのまゝ吾家を目指して慌てゝ駆け出すと、ドリアンは正しく娘の影の如く従順に、空馬車の輪をガラ/\と音立てゝ、追つて行つた。
 それ以来村長家では、ドリアンの横領は断念したらしかつたが――。

     十

 そんな、滑稽味の多分に含まれた騒動の話を三木は、月あかりの夜道をごろ/\と呑気な音をたてゝ進んで行く馬車の上で雪子から聞かされたが、一向笑へなかつた。
「そのまゝ、この車と一緒にドリアンはあたしのものに帰つたのだけれど――この馬車は村長の家のものなのよ。馬車だけを引いて帰るのも具合が悪いと思つて、それツきり取返しにも来ないのよ。――その時、もう一つとても可笑しいことがあつたのよ。……これぢや仕方がないから一先づドリアンだけは返しておかう――と村長がいふので、あたし達はドリアンを馬車から脱して、ぢやどうぞ車をお持ち帰り下さい――といふと、(よし、ぢや僕が引つぱつて行く。)息子がさういつて、
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