ひつけで――」
 と空々しくいひ放つた。
「ぢや、村長の家に、ドリアンは買はれたといふわけね。」
「勿論ですよ。」
「誰から買つたの?」
「お嬢さんは呑気ですな。誰からも何もあつたわけのものぢやありませんよ。つまり、あなたのお父さんからさ、ハツハツハ……買つたといふよりは、つまり貸金の利息の、ほんの申しわけに――といふ位のところさ。」
「勝手にするが好いわ。」
 雪子は憤《む》つとして、自分の部屋に引きあげて、窓から様子を見てゐた。
 伯楽が、ドリアンの手綱を引いて門を出て行かうとした時雪子は、吾を忘れて、常々から、ドリアンにだけ通じる意味の最も鋭い口笛を鳴した。――すると、ドリアンは、気たゝましい叫びを発して、突然後ろ脚で立ちあがつた。それを見た伯楽は眼の色をかへて、暴れ馬を取りおさへにかゝつたが、馬のたゞならぬ気合におそれをなして(馬は二人の男に蹄をあげて飛びかゝりさうな勢ひを示した。そして、あべこべに伯楽に向つて追ひかけさうになつた。)一目散に遁走してしまつた。
 が、翌朝雪子が厩に行つて見るとドリアンの姿が見えないのである。しかし雪子は、自信があつたから、落着いて、珍しく乗馬服
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