わないではないか。
その時であった、ゼーロンが再び頑強な驢馬に化して立ちすくんでしまったのは――。ワーッ! と私は、絶体絶命の悲鳴を挙げて、夢中でゼーロンの尻《しり》っぺたを力まかせに擲りつけた。
と彼は、面白そうにピョンピョンと跳ねて、ものの十間ばかり先へ行って、再び木馬になっている。まるで私を嘲弄《ちょうろう》しているみたいな恰好《かっこう》で、ぼんやりこっちを振り返ったりしているのだ。
「これだな!」
と私は唸った。「水車小屋の主が、彼奴は打たなければ歩かぬ驢馬となった! と嘆いたのは――」
私は追いすがると同時に、鞭を棄てて来たのを後悔しながら、右腕を棍棒《こんぼう》に擬して力一杯のスウィングを浴せた。
「そうだ、その意気だよ、もっと力を込めてやって御覧!」
ゼーロンはそんな調子で、躍《おど》り出すと、行手の松の木の傍まで進んで、また振り返っている。丁度、加えられた痛痒《つうよう》が消え去ると同時に立ち止まるという風であった。――私は、こんな聞き分けを忘れた畜生に、以前の親愛を持って、追憶の歌を鞭にしていたことなどを思い出すと無性に肚《はら》が立って、
「馬鹿!」
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