と思っているが、私は知っている――あの団長はかような好天気の日には却って身を持ち扱って、無闇《むやみ》に煙草を喫す習慣である、そんな時には彼は非常に神経質な喫煙家になって、一発で点火しないと、わけもない亢奮に腕が震えて不思議な苛立ちに駆られるのであった。彼は、一発の下に点火しない煙草は、不吉と称して悉く踏みにじってしまうのである。彼は、それでその日の運命を自ら占うのだという御幣をかついでいる。だから最初の一発がうまく点火すると彼は非常な好機嫌《こうきげん》となるが、手もとが狂いはじめたとなると制限がなくなる。ガミガミと途方もなく苛立って続けざまに発砲するのだが、癇癪を起せば起すほど腕が震えて埒があかず、終いには人畜を害《そこ》ねなければ溜飲が下らなくなってしまうという始末の悪い迷信的潔癖性に富んでいた。
 未だそれ[#「それ」に傍点]と判明したわけではなかったが、なおも頻りに鳴りつづけている「ライタアの音」に注意を向けると私は脚がすくみそうになった。余裕さえあればここで私は、彼の発火管が種切れになっていつものように彼がふて[#「ふて」に傍点]寝をしてしまうであろう頃合を待って、森に踏み
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