は斯んな綺麗なメイちやんがゐる、斯んな素晴しいマーガレットがゐる!」
私は、兵士の歌を口吟み、凱旋の踊りを誇示して従順な酌女の傍らに寄り添ふと、その美しいみめかたちに見惚れて陶然とするのであつた。
そして稍ともすれば、常に侍女として従へてゐる細君に、
「何ですね、あなたは!」とか、
「あまり、あの人達の傍に寄り過ぎて、でれ/\なんてすると酷い目に会せるよ。」
などゝ白眼をもつてたしなめられ、漸く吾に返るやうなことが屡々だつた。私は、驚いて、
「悪く思はないで呉れ。突如この煌めかしい街に現れて、何うして心踊らずに居られよう。――さあ皆なで、踊りに行かうではないか。」
「おい/\、凱旋気分ぢや困るよ。――出陣なのだ。――会議だ。」
と友達は私を制御した。彼等は、新しい雑誌の許に、花々しい芸術運動を興し、その同人会を夜毎に繰り返し、私もその一員に加へられたのであつた。
――会議だ! といふ言葉を聞くと私の胸には、あのR漁場の生活が猛々しく回想されて不思議な力を覚えた。
私は、
「では、酔を醒さう、そして頭を冷たくしよう。」と呟きながら、その酒場の片隅の小窓をあけた。大きなビルヂングの地下室にある酒場で、辛うじて窓から首を出して空を仰ぐと、黒い建物と建物に挟まれた細い空が、青い巨大な帯のやうに望まれた。
「星月夜だよ。叱ツ、木馬はトロヤ城の近くに進んでゐる。」
「さうだ、その意気で俺達同人は新しい雑誌を盛りたてながら、新作にとりかゝらう。」
六
ある日私と細君は東京駅で、メイ子を迎へた。
「昨夜《ゆうべ》の電話では、清さんも一緒の筈ぢやなかつたの?」
「えゝ、……でも急に……」
メイ子が云ひ渋つたので私は別段諾きもしなかつた。
「ね、先に、踵の高い靴を買つてよ。」
「ぢや、二人で二時間ばかりの間で、メイの仕度をして来ると好い。――僕は、いつもの地下室のタバンで待つて居るから――。それにYのオフィスは、あの建物の六階にあるんだから恰度好い。」
Yといふのは商業に従事してゐる私の友達で、私は清子を其処のタイピストに頼み込んだのである。メイ子は清子の代りに、その返事を聞きに来たらしい。
「ぢや大忙ぎで行つて来るわ。」
細君が娘の手をとつて立ちあがると、メイ子は、腰掛の隅に立てかけてある変に細長い箱を指差して、
「これを持つて来て上げましたわよ。」
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