メイドなどに現れて高言してゐるのを聞いても私は、聞えぬ振りを示し、一切の会話を取り交さぬのが慣ひであつた。――その作次が、私の可憐な、小さな友達である清子に結婚を申し込んでゐたといふ話を私は、ついこの頃清子の口から聞いたのである、盛んな申込みを続けてゐたが、清子の家が破産をしたといふことが公になつたら、それきり何とも云はぬやうになつた――といふ結末と一処に――。
「でもね、はじめ、うちのお父さんは、あの男は仲々真面目さうな男ぢやないか……なんて云つてゐたのよ。」
「そんなら何うして、はじめそんな話を聞いた時に直ぐと僕に云はなかつたのさ。」
「……さつき、あんなことを云つて御免なさい。あたし勿論、結婚なんてする意志はありはしないわよ。意地悪だつたのよ、あたしの方が――」
「さつき、君が云つた――あの時若しもあのまゝだつたら――といふのは、何んな風だつたの?」
「あの人の、あの頃の熱情振り! ――だけど、あれが嘘だつたとすると、あの芝居振り――はちよつと尊敬出来るやうだわ。」
「そんなに凄まじかつたの!」
私は、その詳細の説明を聞きたかつたので、何んなことを云つた? 何んな手紙を寄したの? 道で出遇ふと何んな様子をした? ――などゝ矢つぎ早な質問を提出して、腕を執つたまゝ娘の顔を改めて覗き込んだ。私は、さういふ場合に男が女に云ひ寄る物腰態度に就いて、深い好奇心が動いたのである。
――と、前の方を凝つと眺めてゐた清子が、不図指先きをあげて、
「あれ作次ぢやない? 彼処に立つてゐるの――。そら/\、あんな仰山な手真似なんてして何か話してゐるぢやないの――」
「さうだ、彼奴だ!」
と私は、思はず敵の姿でも発見した者のやうに声を忍ばせて立ちどまつた。――二人の女が堤の草原に腰を降して、釣糸を垂してゐる。その傍らで、一人の男が、様々なジェスチュアをもつて何事かを物語つてゐる。
「あの釣りをしてゐる女は、僕の細君とマメイドのメイ子だよ。」
と私が云ひ終るのも待たずに清子は、矢庭に声を張りあげて、
「奥さん――」
と叫んだ。澄明な音声が、春霞みの中を走つて行くのが窺はれるかのやうな、小川とその三個の点景人物と、そして麦畑だけの広い、平らな風景であつた。
その声で、彼方の人物は一勢に此方を振り返つた。――そして、メイ子と細君は立ちあがつて、夫々の魚籠を提灯のやうに頭の上に振
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