閉されなければならないのだらう! 彼は、飽くまでも虫の好い考へから、思はず独りで不合理を叫んだりした。また彼は、他に一つでも出来る仕事さへあれば、道徳の壁に囲まれて、石のやうな生活をする方が安易に思はれた。無能地獄――そんな言葉を拵へて彼は、痴呆性に富んだ苦笑を浮べてゐるより他はなかつた。
「お酒の話なんて、面白くないなア!」
どうかして心を浮きたさせたいと彼は、切りに努めたのであるが、無暗に注ぎ込む酒は鉛になつて胸に載積するばかりだつた。
「お母さんが来たら、唄を歌ふツて云つたぢやありませんか。」
そんなことを聞く、と彼は、顔が赤くなるばかりだつた。
「唄なんて、ひとつも知らないよ。」
「もう帰らうか?」と、母が云つた。
「え、……だけど折角だからもう少し……」
彼の声は、絶へ入りさうに低かつた。
「酔はれては、迷惑だよ。」
心から迷惑さうに母は、呟いだ。
「迷惑なら先へお帰りなさいよ。」と、彼は、思ひ切つて云つたのである。
「あれだ!」と、母は、苦笑した。ほんとの母なら、苦笑は余計な筈だつた。カツとして滔々と彼の否を鳴らさなければ居られない母の筈である。「お出でと云ふから、仕方がなしに来てやつたんぢやないか、馬鹿/\しい、こんなつき合ひは私には出来やしないよ。阿父さんとは違ふんだから……」
調子づいて、阿母などに来て貰つたが、何としても面白くない、面白くないに決つてるさ! あゝいふ[#「あゝいふ」に傍点]自分の妄想は、やつぱり実現させないに限るんだ――などゝ彼は、思ひながらも、お園たちの前には、厳格な母親の言葉に悸々してゐる風を装つたり、或ひは、厳格ではあるが心の温い母親に、いくつになつても甘へてゐる好人物の悴である、といふ風な思ひ入れを示すやうな薄ら笑ひを浮べてゐた。――彼などが、如何程くどく招待しやうとも、今迄通りの頑なを保持して動かない母親を彼は、想像して、その母と戦ふことに依つて、彼女に対する悪感を少くする――そんな想ひに走つたのでもあつた。だが、母の不気味な弱さは彼の心に醜くゝ投影して、彼のそんなパラドキシカルな活気を縮めたのである。
「まつたく、呼んだりして済みませんでしたな! たゞ一寸独りぢや面白くなかつたもので……」
云ひかけて彼は、その面白くなかつたといふのが不道徳な妄想の戯れに過ぎなかつたのを後悔した。母親の眼の前で、言葉と心とう
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