よ、一辺行つて来ようかと思つてゐるんだが、どうだらう。」
「それに越したことはありませんが――」
「いや、さういふやうなことを云ふとね、阿母が嫌がるんで俺、可笑しくつて仕様がないんだよ――尤も嫌がらないやうになられても困るが……」
 母や清親を相手に気嫌よく飲んで見たい、さういふ我慢が出来るだらうか――彼は、そんなことを考へながら、
「僕は、この二三ヶ月で急に爺臭くなつた気がしてゐるんだ。一体その長男といふ奴は、殊に両親が若い時に出来た長男といふ奴は……」そんな話があるかどうか? まるで彼は、出たらめだつたが上の空で喋舌つてゐた。「大体馬鹿者が多いといふ話だが、そして女にばかり甘いといふ話だが……」
「ずつと前に、お父さんにそんなことを云はれて、からかはれたことがあるぢやありませんか。」
「いや、ところで僕はそんな男ぢやないだらう? と、君に訊いて見やうかと思つてゐるんだよ……僕ア……僕ア……」
「そんなところに、横になんておなりになつては駄目ですよウ! さアさア、稀にいらつしやつて何だねえ! ほんとに爺臭くなつたわ……おゝ、お酒臭い!」
 お園に引き起されて彼は、がつくりと食卓に首を垂れた。彼は、酔つた時の癖で、トリ止めもなく胸のうちで怪し気なことを呟いてゐたのである。――もう俺は、これから誰とも争ひはしないんだ、中でも阿母とは仲好くしたいものだね、喧嘩をするよりは仲好くしてゐる方が親不孝なんだぜ、何故ツて? だつて俺は面白さを感ずるんだもの、……阿母さん、どうですか、そんなに勿体振つた顔つきばかりしてゐないで、酒でも飲みながら芸者の踊りでも見物しやうぢやありませんか……と、斯う云つて阿母の鼻の先へ、飲み友達でも突きつけるやうに、盃を差し出すんだ……。
「そこでだ。ウワ……面白いだんべえなア!」
「若旦那! どうなすつたのようウ、今ツからそんなにお酔ひになつてしまつては、面白くないぢやありませんかね。」
「ところが吾輩は、面白くつて仕様がねえだアよ。……うむ、飲むとも/\。」
 ……さア、お飲みなさい/\、阿母さん、ね阿母さん私は、それは/\親孝行なんですよ、安心しなさいよ……と、斯う云ふと阿母の奴、忽ち芝居掛つた鼻声で、わたしはお前を育てるのには随分苦労したのだよ、何しろ阿父さんが長い間留守で、その間のわたしの苦しみと来たら――なんて得々として吹聴するだらう――
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