疑う能わず、求めんと欲してこれ以上に求むるの途なきものをいうのである。而してかくの如き意識統一の頂点即ち主客合一の状態というのは啻《ただ》に意識の根本的要求であるのみならずまた実に意識本来の状態である。コンジャックがいったように、我々が始めて光を見た時にはこれを見るというよりもむしろ我は光其者である。凡て最初の感覚は小児に取りては直《ただち》に宇宙其者でなければならぬ。この境涯においては未だ主客の分離なく、物我一体、ただ、一事実あるのみである。我と物と一なるが故に更に真理の求むべき者なく、欲望の満すべき者もない、人は神と共にあり、エデンの花園とはかくの如き者をいうのであろう。然るに意識の分化発展するに従い主客相対立し、物我相|背《そむ》き、人生ここにおいて要求あり、苦悩あり、人は神より離れ、楽園は長《とこし》えにアダムの子孫より鎖《とざ》されるようになるのである。しかし意識はいかに分化発展するにしても到底主客合一の統一より離れることはできぬ、我々は知識において意志において始終この統一を求めているのである。意識の分化発展は統一の他面であってやはり意識成立の要件である。意識の分化発展するの
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