れるというよりも、むしろ信念に由りて知識や意志が支えられるのである。信念はかかる意味において神秘的である。信念が神秘的であるというのは知識に反するの意味ではない、知識と衝突する如き信念ならばこれを以て生命の本となすことは出来ぬ。我々は知を尽し意を尽したる上において、信ぜざらんと欲して信ぜざる能わざる信念を内より得るのである。
[#改ページ]
第三章 神
神とはこの宇宙の根本をいうのである。上に述べたように、余は神を宇宙の外に超越せる造物者とは見ずして、直《ただち》にこの実在の根柢と考えるのである。神と宇宙との関係は芸術家とその作品との如き関係ではなく、本体と現象との関係である。宇宙は神の所作物ではなく、神の表現 manifestation である。外は日月|星辰《せいしん》の運行より内は人心の機微に至るまで悉《ことごと》く神の表現でないものはない、我々はこれらの物の根柢において一々神の霊光を拝することができるのである。
ニュートンやケプレルが天体運行の整斉を見て敬虔の念に打たれたというように我々は自然の現象を研究すればする程、その背後に一つの統一力が支配しているのを知ることができる。学問の進歩とはかくの如き知識の統一をいうにすぎないのである。かく外は自然の根柢において一つの統一力の支配を認むるように、内は人心の根柢においても一つの統一力の支配を認めねばならぬ。人心は千状万態殆ど定法なきが如くに見ゆるも、これを達観する時は古今に通じ東西に亙《わた》りて偉大なる統一力が支配しているようである。更に進んで考える時は、自然と精神とは全然没交渉の者ではない、彼此《ひし》密接の関係がある。我々はこの二者の統一を考えずには居られない、即ちこの二者の根柢に更に大なる唯一の統一力がなければならぬ。哲学も科学も皆この統一を認めない者はないのである。而《しか》してこの統一が即ち神である。勿論唯物論者や一般の科学者のいうように、物体が唯一の実在であって万物は単に物力の法則に従うものならば神というようなものを考えることはできぬであろう。しかし実在の真相は果してかくの如き者であろうか。
余が前に実在について論じたように、物体というも我々の意識現象を離れて別に独立の実在を知り得るのではない。我々に与えられたる直接経験の事実はただこの意識現象あるのみである。空間といい、時間といい、物力といい皆この事実を統一説明する為に設けられたる概念にすぎない。物理学者のいうような、すべて我々の個人の性を除去したる純物質という如き者は最も具体的事実に遠ざかりたる抽象的概念である。具体的事実に近づけば近づくほど個人的となる。最も具体的なる事実は最も個人的なる者である。この故に原始的説明は神話においてのように凡《すべ》て擬人的であったが、純知識の進むに従い益々一般的となり抽象的となり遂に純物質という如き概念を生ずるに至ったのである。しかしかくの如き説明は極めて外面的で浅薄なると共に、かかる説明の背後にも我々の主観的統一なる者の潜んでいることを忘れてはならぬ。最も根本的なる説明は必ず自己に還ってくる。宇宙を説明する秘鑰《ひやく》はこの自己にあるのである。物体に由りて精神を説明しようとするのはその本末を顛倒《てんとう》した者といわねばならぬ。
ニュートンやケプレルが見て以て自然現象の整斉となす所の者もその実は我々の意識現象の整斉にすぎない。意識はすべて統一に由りて成立するのである。而してこの統一というのは、小は各個人の日々の意識間の統一より、大は総《す》べての人の意識を結合する宇宙的意識統一に達するのである(意識統一を個人的意識内に限るは純粋経験に加えたる独断にすぎない)。自然界というのはかくの如き超個人的統一に由りて成れる意識の一体系である。我々が個人的主観に由りて自己の経験を統一し、更に超個人的主観に由りて各人の経験を統一してゆくのであって、自然界はこの超個人的主観の対象として生ずるのである。ロイスも「自然の存在は我々の同胞の存在の信仰と結合されている」といっている(Royce, The World and the Individual, Second Series, Lect. IV)。それで自然界の統一というのも畢竟《ひっきょう》意識統一の一種にすぎないということになる。元来精神と自然と二種の実在があるのではない、この二者の区別は同一実在の見方の相違より起るのである。直接経験の事実においては主客の対立なく、精神物体の区別なく、物即心、心即物、ただ一箇の現実あるのみである。ただかくの如き実在の体系の衝突即ち一方より見ればその発展上より主客の対立が出てくる。換言すれば知覚の連続においては主客の別はない、ただこの対立は反省に由って起ってくるのである。実在体系の衝
前へ
次へ
全65ページ中58ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
西田 幾多郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング