であるかも知らぬが、多くの宗教家はこれに反対するのである。何となれば神と自然とを同一視することは神の人格性をなくすることになり、また万有を神の変形の如くに見做《みな》すのは神の超越性を失いその尊厳を害《そこな》うばかりでなく、悪の根源も神に帰せねばならぬような不都合も出てくるのである。しかしよく考えて見ると、汎神論的思想に必ずこれらの欠点があるともいえず、有神論に必ずこれらの欠点がないともいわれない。神と実在の本体とを同一視するも、実在の根本が精神的であるとすれば必ずしも神の人格性を失う事とはならぬ。またいかなる汎神論であっても個々の万物そのままが直《ただち》に神であるというのではない、スピノーザ哲学においても万物は神の差別相 modes である。また有神論においても神の全知全能とこの世における悪の存在とは容易に調和することはできぬ。こは実に中世哲学においても幾多の人の頭を悩ました問題であったのである。
 超越的神があって外から世界を支配するという如き考は啻《ただ》に我々の理性と衝突するばかりでなく、かかる宗教は宗教の最深なる者とはいわれないように思う。我々が神意として知るべき者は自然の理法あるのみである、この外に天啓というべき者はない。勿論神は不可測であるから、我々の知る所はその一部にすぎぬであろう。しかしこの外に天啓なるものがあるにしても我々はこれを知ることはできまい、またもしこれに反する天啓ありとすれば、こはかえって神の矛盾を示すのである。我々が基督の神性を信ずるのは、その一生が最深なる人生の真理を含む故である。我々の神とは天地これに由りて位《くらい》し万物これに由りて育する宇宙の内面的統一力でなければならぬ、この外に神というべきものはない。もし神が人格的であるというならば、此《かく》の如き実在の根本において直に人格的意義を認めるとの意味でなくてはならぬ。然らずして別に超自然的を云々する者は、歴史的伝説に由るにあらざれば自家の主観的空想にすぎないのである。また我々はこの自然の根柢において、また自己の根柢において直に神を見ればこそ神において無限の暖さを感じ、我は神において生くという宗教の真髄に達することもできるのである。神に対する真の敬愛の念はただこの中より出でくることができる。愛というのは二つの人格が合して一となるの謂《いい》であり、敬とは部分的人格が全人格に対して起す感情である。敬愛の本には必ず人格の統一ということがなければならぬ。故に敬愛の念は人と人との間に起るばかりでなく、自己の意識中においても現われるのである。我々のきのう、きょうと相異なれる意識が同一なる意識中心を有するが故に自敬自愛の念を以て充されると同じように、我々が神を敬し神を愛するのは神と同一の根柢を有するが故でなければならぬ、我々の精神が神の部分的意識なるが故でなければならぬ。勿論神と人とは同一なる精神の根柢を有するも、同一なる思想を有する二人の精神が互に独立するが如く独立すると考えることもできるであろう。しかしこは肉体より見て時間および空間的に精神を区別したのである。精神においては同一の根柢を有する者は同一の精神である。我々の日々に変ずる意識が同一の統一を有するが故に同一の精神と見られるが如くに、我々の精神は神と同一体でなければならぬ。かくして我は神において生くというのも単に比喩ではなくして事実であることができる(ウェストコットというrショップも約翰伝《ヨハネでん》第十七章第二十一節に註して「信者の一致とは単に目的感情等の徳義上の合一 moral unity ではなくして生命の合一 vital unity である」といっている)。
 かく最深の宗教は神人同体の上に成立することができ、宗教の真意はこの神人合一の意義を獲得するにあるのである。即ち我々は意識の根柢において自己の意識を破りて働く堂々たる宇宙的精神を実験するにあるのである。信念というのは伝説や理論に由りて外から与えらるべき者ではない、内より磨き出さるべき者である。ヤコブ・ベーメのいったように、我々は最深なる内生 die innerste Geburt に由りて神に到るのである。我々はこの内面的再生において直に神を見、これを信ずると共に、ここに自己の真生命を見出し無限の力を感ずるのである。信念とは単なる知識ではない、かかる意味における直観であると共に活力であるのである。凡て我々の精神活動の根柢には一つの統一力が働いている、これを我々の自己といいまた人格ともいうのである。欲求の如きはいうまでもなく、知識の如き最も客観的なる者もこの統一力即ち各人の人格の色を帯びておらぬ者はない。知識も欲望も皆この力に由りて成立するのである。信念とはかくの如く知識を超越せる統一力である。知識や意志に由りて信念が支えら
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