のに触れると考えられる如く、作られたものから作るものへとして、ホモ・ファーベルの世界はいつも現実に形を見る世界である。いわば過去から未来への間に意識的切断面を有つ世界である。作られたものから作るものへの世界は意識面を有つ、そこに映すという意義があるのである。我々は行為的直観的に製作するのである、製作は意識的でなければならない。絶対矛盾的自己同一の世界の意識面において、製作的自己は思惟的と考えられ、自由と考えられる。我々の個人的自覚は製作より起るのである。
 世界の底に一を考えることもできない、多を考えることもできない、多と一とが相互否定的として、作られたものから作るものへといえば、多くの人にはそれが実在の世界とは考えられないかも知れない。多くの人は世界の底に多を考える、原子論的に世界を因果必然の世界と考えている、物質の世界と考えている。矛盾的自己同一の世界は一面に何処までも爾《しか》考えられる世界でなければならない。しかしそれは現実の矛盾的自己同一から爾考えられるのでなければならない。現実とは単に与えられたものではない、単に与えられたものは考えられたものである。我々がそこに於《おい》て
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