いった如く、生物的生産様式では、なお真に過去と未来との矛盾的対立というものはない、真の歴史的現在というものはない。矛盾的自己同一として現在が現在自身を限定するとか、形が形自身を限定するとかいうことはない。従って生物的動作は行為的直観的ではない。ヘーゲル的にいえば、それはなおアン・ジヒの状態である。世界が一つの現在として、無限の過去と未来とが現在において対立する歴史的社会的生産様式においては、現在が矛盾的自己同一として、何処までも動き行くものでありながら、現在が現在自身の形を有し、現在が現在自身を限定するとか、形が形自身を限定するとかいうのである。現在というものを唯抽象的に考えれば、現在から現在へなどということは、飛躍的とか無媒介的とか考えられるかも知らぬが、弁証法においては、対立が即綜合、綜合が即対立ということであり、対立なくして綜合はないが、綜合なくして対立もない。綜合と対立とは何処までも二であって一でなければならない。而して実践的弁証法においては、綜合というのはいわゆる理性の要求という如きものではなく、現実の世界の有つ形、現実の世界の生産様式というものでなければならない。無限の過去と未来とが何処までも相互否定的に結合する絶対矛盾的自己同一的現在の世界においては、それはイデヤ的ということができる。ヘーゲルのイデヤとは、此《かく》の如きものでなければならない。綜合は対立を否定する綜合ではない。故にそれはまた矛盾的自己同一として自己矛盾的に動き行くのである。
 過去と未来との矛盾的自己同一として自己自身の中に矛盾を包む歴史的現在は、いつも自己自身の中に自己を越えたもの、超越的なるものを含むということができる。いつも超越的なるものが内在的であるのである。現在が形を有《も》ち、過去未来を包むということ、そのことが自己自身を否定し、自己自身を越え行くことでなければならない。而してかかる世界は、個物がモナド的に世界を映すと共にペルスペクティーフの一観点であるという如き、表現的に自己自身を形成する世界でなければならない。現在が自己自身の中に自己自身を越えたものを含む世界は、表現的に自己自身を形成する世界でなければならない。過去と未来とが相互否定的に現在において結合するという世界において、我々は表現作用的に物を見、表現作用的に物を見るから働くということができるのである。それは機械的でもない、合目的的でもない、而してそれが真に論理的ということである。矛盾的自己同一的に自己自身によって動き行くもの、即ち真に具体的なるものが、論理的に真なるものである。時が単に直線的に考えられ、現在というもののない世界においては、我々が働くということはない。私の過去と未来とが現在において結合し、作られたものから作るものへ、現在から現在へという矛盾的自己同一は、我々の自己意識によっても分るであろう。我々の自己意識は、過去と未来とが現在の意識の野において結合し、それが矛盾的自己同一として動き行く所にあるのである。単なる直線的進行において自己の意識的統一というものが可能なるのではない。私の意識現象が多なると共に私の意識として一であるというのは、右の如き意昧においての矛盾的自己同一でなければならない。矛盾的自己同一などいうことは考えられないという人の自己は、矛盾的自己同一的に爾《しか》考えているのであろう。しかし斯《か》くいうのは我々の意識的統一の体験によって客観的世界を説明しようとするのではない。逆に我々の自己は多と一との絶対矛盾的自己同一の世界の個物として即ちモナド的に爾あるのである。

 右の如くにして、歴史的世界において、主体と環境とが対立し、主体が環境を、環境が主体を形成し行くということは、過去と未来とが現在において対立し、矛盾的自己同一として作られたものから作るものへということである。歴史的世界においては単に与えられたものはない。与えられたものは作られたものである。環境というものも、何処までも歴史的に作られたものでなければならない。故に歴史的世界において主体が環境を形成するということは、形相が質料を形成するという如きことではない。物質的世界というも、矛盾的自己同一的に自己自身を形成するものである。絶対矛盾的自己同一としての歴史的現在の世界においては、種々なる自己自身を限定する形、即ち種々なる生産様式が成立する。それが歴史的種と考えられるものであり、即ち種々なる社会である。社会というのは、ポイエシスの様式でなければならない。故に社会は本質的にイデヤ的なものを含まなければならない。そこに生物的種との区別があるのである。イデヤ的に生産的なるかぎり、即ち深き意義においてポイエシス的なるかぎり、それは生きた社会である。
 私のイデヤ的生産的というのは、歴史的物質的地盤を
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